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夜の少女 Ⅲ

 病院に戻った僕は看護師さんたちにこっぴどく叱られた。

 昨日撃たれたばかりなのに何してるんですかとか、自殺行為しないでくださいとか、もうさんざん怒られて病室のベッドに押し込まれる。

 看護師さんイコール白衣の天使。

 白衣の天使イコールとても優しい。

 そんな等式が崩れ去った今日だった。

 おみくじで言うならば、今日はきっと凶あたりに違いない。

 そう思って、ベッドに横になった。

「こんばんは、十六夜さん」

 夜八時ちょうどにやっぱり彼女は現れた。

 今日は法衣姿だ。

「こんばんは、毎日ありがとうございます」

 寝たままというのも失礼だと思ったので、上半身だけ起こした。

「いえいえ、どういたしまして。それから、これ差し入れです」

 立ったままで彼女は両手で一冊の本を僕に見せた。

 タイトルは“ギリシャ語通訳”。

 コナン=ドイルの著作として有名な、シャーロック=ホームズという名探偵が登場する作品のうちの一つだ。

「へえ、シャーロキアンなんですか?」

「そういうわけじゃないんですけどね。十六夜さんにはこれがいいかなと思って」

 そっと枕元にそれを置く。

「それから次はこれ」

 彼女から手渡された包みの中には星空を撮った写真がたくさんあった。

「これ見て元気出してくださいね。あ、二十七枚撮ったんですけど、自信作なんですよ!」

 そういえば、彼女は天文マニアだった。

「ありがとうございます」

 本当にここまでしてもらって、幸せ者だと思う。

 少年時代はこんなに気遣ってもらった記憶はない。

 だからだろう。余計に嬉しく思うのは。

 多分、今の僕はこの感情が露骨に表に出ているのだろうな。

「いえいえ、明日も持ってきますから」

 年頃の少女らしい笑顔が僕の目の前にある。

 それが一番嬉しかった。

 この顔を見ることが出来たことが一番嬉しかった。

 それからしばらくは無言で彼女が持ってきた写真を眺めていた。どれも素人とは思えないほどの腕前だ。

 これなら、さらに腕を磨けばその道で食べていけるようになるかもしれない。

 全部見終わると僕は息を吸い込む。

 これは伝えなければ。

「……言いにくいのですが、児童相談所に連絡することにします」

 彼女を見上げて、はっきりと宣言した。

「そうですか」

 ろうそくの火を吹き消したみたいに笑顔は一瞬で消える。

 その笑顔が消える瞬間が僕は嫌いだった。

「でも、行きませんから」

「行ってください。あなたが辛い目に遭うんですよ?」

「もう少しだけ待ってください。そう……クリスマスが終わるまでは」

 彼女の黒い瞳が静かに燃えているように見えた。

 それが何なのかは分からない。正義感なのか、それとも復讐なのか。あるいは別の何かなのか。

「私には果たさなければならないことがあります。これは最低限のけじめなんです。これだけはさせてください」

「何をするつもりですか?」

「言えません。言ったらあなたはきっと止めに来る。言ったらあなたを傷つけることになるかもしれません。だから、言いません」

 毅然と言い放つ姿にかつて怯えていた少女の面影はない。

 わずかな日数で何が彼女をこうさせたのだろう。

 そして、静かに厳かに、彼女は言い切った。

「誰かを傷つけることになっても、あなたは傷つけたくありません」

「一体、何があったのですか?」

 僕は一抹の不安を感じた。

 第六感で根拠はないけれど。

「言いません。……十六夜さんは二十五日までここにいてください。ここから出ないでください。そして、すべてが終わったら……私は全部お話しします。その時は今みたいな関係じゃいられないけど」

 何をするつもりだ。

 考えろ。

 僕が止めに来るということは警察が介入する可能性があるということだ。

 いや、それとも僕が個人的に止めに来ると思っているのか。

「選ばせてください。操り人形みたいな私に与えられた、わずかな選択肢なんです」

「もし、それが法に触れる行為だとしたら、僕は何としても止めます。それが僕の役割ですから。それにね、風舞さん――」

 僕は彼女の懇願を聞いて、反射的に喋りだしていた。

 こんなに真剣に誰かに伝えたいと思ったのはいつ以来だろう。

「選択肢は目の前の物だけでしょうか? あなたはそれ以外の選択肢を作り出せないのでしょうか?」

 彼女は一瞬きょとんとして

「……本当に、あなたはお父さんに似ていますね。そっくりですよ、今の台詞」

 悲しそうに微笑んでみせた。

「そんな顔するなら、止める。絶対、後悔するから」

 今の彼女は、無理して何もかも背負い込んで、倒れそうになっているように見える。実際、彼女はこの先のことなんて考えていないのだろう。今ある目的さえ達成すればいいと考えているに違いない。

「嫌われてもいい、恨まれてもいい。そんな顔するくらいなら、全部、全部放り出して、逃げてしまえばいい! 逃げ場所がいるなら、僕が用意する!」

 病室で大声を出してはいけない、なんてルールはもう頭から消し飛んでいた。

 興奮している僕を見て、彼女はまた微笑む。

 ただ今度は嬉しさが混じっているような感じ。

「本当に、鈍感なんですから」

 突然、彼女の両腕が伸ばされて、僕の顔を包む。

 甘い香りと共に

「嫌いになんかなれるわけないじゃないですか」

 艶のある声で呟いた。

 それは麻薬のよう。

 僕の心を蝕み、溶かしていく。

「もうちょっとこのままでいさせてくださいね」

 告げられた願いの言葉は最上級の誘惑で。

 そして、僕が諦めつつも手に入れたいと思っていたぬくもりだった。

 このままでいたいのは僕の方だ、なんて言えない。

 ただ無言で、心と体を彼女に預けていた。

こんばんは、jokerです。

甘々な場面を描いた(つもり)です。


明日は一日休みなので、頑張って執筆しようと思います。

ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

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