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三人目の殺人犯

 何故だ?

 何故この出来事が起こった?

 この殺しにも何か意味があるはずだ。

 車を運転しながら僕は必死に答えを探す。これは完全に想定外の出来事だ。

 たとえ一つの小さな間違いでもあれば、連鎖的に多くの誤答を生み出し、求める結末には至ることができない。

 結局、解答を得られないまま駅前の広場に車を停めて、権藤刑事と落ち合った。

 現状の説明を簡単にしてもらい、その後に現場を歩き回る。

 権藤刑事によれば、卜部は広場の椅子に座っているところを狙撃されたという。

 その椅子には乾いた血痕が残っていて、鑑識さんたちがせわしなく動いている。

「狙撃場所については分かっている。セントラルビル屋上だ。ちょうど捜査のためにセントラルビル屋上が封鎖になっていて、誰も入れないはずなんだが。卜部は頭を一撃で射抜かれていた」

 煙草をくゆらせて不機嫌そうに彼は説明した。

 野次馬は警察官たちが追い払ってくれたおかげでほとんどいない。

「それから、また何だが……狙撃からしばらくしてから指名手配犯が再び臨月町で目撃された。知っていると思うが、函南雄一かんなみゆういち。十年前に朝鮮連王国の外人部隊に所属していた男で、数年前から日本で殺人や強姦を繰り返している男だ」

「間違いなく、彼が手を下したとみていいでしょう。スナイパーなんて、そうそういるものではありません。それにしても、函南にしろ、卜部にしろ、臨月町に現れるのは一か月程度行方不明になっていた者たちばかりです。この辺も洗う必要がありますね」

 小雪さんは事件現場を歩き回っていた。

 顎に手を当てて何やら思案しているように見える。

「権藤刑事、ちょっとお尋ねしたいのですが」

「何だ?」

「セントラルビルの封鎖は警察が指揮を執っているんですよね?」

「そうだが……」

「だとすれば、こういう仮説が立てられます。函南と警察の一部がグルだ、と」

 身内を疑いたくはないが、理屈としてはありえる。

「……何故そう思う?」

「これしか最適解が見つからないからです。四六時中警備されているビルで、函南が誰にも気づかれずに狙撃を終えて、ビルから出る。たとえサイレンサーをつけていたとしても、これは一人では出来ません。バレます。絶対に誰か協力者がいるはずです。その協力者の有力候補が警察であると考えるのは自然ではありませんか? 加えて言うならば、警察の一部が彼らの潜伏に加担していた。情報を隠ぺいしていたと考えれば辻褄はあいます」

 権藤刑事は黙ってしまった。

 身内を疑っているのだ。無理もない。

「ですから、権藤刑事。僕からお願いがあるんです。今日、卜部の殺害時刻の前後、ビルの封鎖状態の確認をお願いしたいのです。最悪、封鎖がその時刻だけ解かれていた可能性もあり得ますから」

 事件の内容を再構成していく。

 今度こそ、目の前で展開された出来事を繋げていく。その一つ一つの人物の行動が意味を為すように。

「……分かった」

「すみません、もう一つ。ルーテリア教会の風舞観月シスターですが、暴行を受けている可能性があります。断定はできませんでしたが、児相に連れて行っていただけますか」

 彼女からは誰にも言うなと言われたが、看過できるものではない。むしろ、遅いくらいだ。これは僕が責められても仕方がない。

「それはいいが……十六夜くん、これから君はどうするつもりだ?」

「教会を洗います。何か出てくるかもしれません。いえ、何か出てくるはずです」

 僕は司祭室の異常なセキュリティシステムを権藤刑事に説明した。

「そうか。分かった」

「……権藤刑事、もう一つ非常に聞きにくいことなのですが。あの教会について、どうして警察は河原田の逮捕の後に何も調べなかったのですか。エルクロス司祭が河原田によって犠牲になりかけた場所です。僕が疑問に思ったのはそこだった。なぜ、あなた一人を派遣して、誰もあの場を調べようとしなかったのか」

「それは……」

「調べるな、という命令があったからでしょう。そうでないというのなら、不自然です。まさか、西琵琶湖警察署のように怠慢を常習的にやらかしているわけではないようですし」

 権藤刑事は細い目をこれ以上開けないほど、大きく開いた。

 この反応を見る限りビンゴのようだ。

「すでに警察には圧力がかかっていたんです。そして、その圧力をかけられる存在は限られている」

「ああ。臨月町議会……だろう」

 権藤刑事に心当たりがあったようだ。

「なぜ圧力をかけたのかはわかりません。ですが、そこから調べたいと思います」

「君は……」

 権藤刑事は言葉をつまらせながら

「十六夜くんは、どうしてアンダードッグなんて呼ばれているのだ? 君は決して無能ではないし、ましてや負け犬などでもないだろう」

 と問いを投げかけた。疑問に思ってくれたことは嬉しいが、僕はそこまで評価される人間ではない。それに評価されることが怖い。何かを得る喜びよりも、何かを失う恐怖の方が勝っているのだ。

「さあ、他人がつけた評価なんて興味ありませんから」

 こんなことを言われるとは思ってもみなかった。当たり前の仕事ことをしているだけなのに。

「権藤刑事は議会に接触しないでいただけますか?」

「なぜだ?」

「警察の一部が議会と内通状態にあるといってもいいでしょう。権藤刑事なら行動が筒抜けといっても過言じゃない。でも僕なら、そのリスクは低減できます。何せ、休暇中ですからね」

 ゼロとは言わない。

 もしかしたら、盗聴器の類がどこかにつけられているかもしれない。

「いや」

 権藤刑事は頭を振る。

「これは臨月町の問題でもある。議会の一部が腐敗していたとするなら、これはうちの管轄だろう。それに目星はついている」

「というと?」

「町議会議長の金村健二かねむらけんじ氏。息子を高校に不正入学させたり、息子のしでかした万引きをかばったりという疑惑が多数ある政治家だ。何より、彼は金に汚いとも噂されていてな。可能性としては一番あり得ると思っているのだ」

「そうですか」

 この町の議長さんは筋金入りらしい。

「ねえ、凛ちゃん。まだ?」

 散歩に飽きたのか、小雪さんが中に入ってくる。

「小雪さん、ふてくされてないで手伝ってくださいよ」

「だってぇ、あの若い神父さんとお酒飲めないなんて寂しいよぉ」

「わけのわからないことを言ってないで捜査しますよ。とりあえず、議会は権藤刑事に任せて僕たちは教会に当たります。あの異常なセキュリティの理由を……」

 言いかけて、僕は妙な引っ掛かりを覚えた。

「そういえば、あのセキュリティが取りついたのって、いつぐらいですか?」

「さあ、分からないわね。大体最初に教会に行ったのは河原田の捕獲の時だし、あの時は調べなかったしね」

「じゃあ、教会が怪しいという理由はなくなりますね。エルクロス司祭が河原田の襲撃後にセキュリティを強化したとしたら、それは犯罪者に狙われるリスクを減らしたいからという、もっともらしい理由で通ります。少なくとも、僕ならそう答えるでしょう。実際に確証はありませんし」

「……そうか。でもさ、あのエセ神父怪しくない? ほら雰囲気的に」

「さあ、どうでしょうか。僕はこういう考え方する人間なので何とも」

「理系人間ってキライ」

「それとこれとは全然関係ないと思いますが?」

 僕の横では権藤刑事がくつくつと笑っている。

「いや、大した余裕だ」

「余裕なんかじゃありませんよ。実際に自分でこうやって推理するのは初めてですし、何より自信がありません」

「初めてとは思えないがね。君たちといると、力が湧いてくる感じすらするよ」

「ありがとうございます。けれど、あまり買い被らないでください。僕はあくまで警視庁という組織の一員リソースでしかありませんから」

 小雪さんはやれやれと肩をすくめている。

「権藤さん、こんな卑屈で後ろ向きなチェリーボーイが私の後輩なんですよ。ちょっと言ってやってください、もっと自信持ちなさいって」

「はは、自信を持てと言われて簡単に自信を持つ人間はそうそういないがね。まあ、なるようになるさ。彼はきっと我々など及ぶべくもない刑事になりそうだからね」

 僕にそんな能力スキルはないと思う。

 いつだってスペアの利く平凡な人間だ。

「じゃあ、僕たちは函南の捜索をしましょうか。この町に潜んでいる可能性が高い」

「いいけど、あのロリのことはいいの? 暴力受けてるなら対処しないと」

 権藤刑事に任せようと思っていたが、ふと疑問が頭に浮かびあがる。

「……小雪さん、彼女は誰から暴力を受けているのでしょう?」

 どうして最初に気付かなかったのだろう。これが重要なのだ。どこで、という問いは間違いなく教会だろう。

「あのエセ神父……なんじゃない?」

「そもそも……」

 言いかけてやめた。

 彼女はどうしてこの町に留まっているのだろう。

 彼女の目的とは何だろう。

 新たな疑問が次々と浮かんでくる。

 おそらく、彼女が受けている――本人が認めていないため予測の域を出ないが――暴行に耐えているのは目的のためだろうと推測できる。だとしたら、その目的は彼女にとってとてつもない重要性を帯びてくるはずだ。

 思い出せ。

 思い出せ

 思い出せ。

 記憶を必死で探る。

 見つかった。

 確か、彼女は観覧車の中でこう言っていたはずだ。

 ある人を探していた。

 その人はすごく残忍な人だった、と。

 あれ、何だか引っかかるな。

 これだと今は違うみたいな……いや、そうか。

 彼女は目当ての人物に出会ったのだ。

 けれど、それは彼女が想像していた人物と違った。

 想像していたということは彼女はその人物を大して知らなかったことになる。今まで大きな手がかりもなく探していた人物だ。きっと誰かのヒントを頼りに今回見つけることができたのだ。

「凛ちゃん?」

 小雪さんが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

「ああ、すみません。ちょっと思案してまして」

「あのロリのことだけど、お姉さんに任せてみない?」

「はあ」

 まあ女性同士だし、いいのかもしれない。男の僕よりは。

「わかりました。お任せします。最悪力づくでも保護して……」

「駄目よ。あの子、凛ちゃんを信頼してると思うから。力づくなんてしたら、信用失っちゃうわよ」

「ちょっと待ってください。何で彼女が僕を信頼してると?」

「決まってるじゃない。そのスーツに盗聴器仕掛けてれば――って、どうしてそんなしかめっ面してるの?」

 いつの間に。

「……とても刑事のすることとは思えません」

「捜査の一環よ」

 やっぱり女性は分からない。

 これが世の中の女性のスタンダードなんだろうか。

 ため息しか出なかった。

「さて、まとまったようだし、そろそろ行こうか。こちらは議長に探りを入れる。君たちはその子の保護をするんだったな。お互い頑張ろう」

「はい」

 権藤刑事が車で去ってから

「凛ちゃんはしばらく考え込んでなさい。この事件の真相を。必要な情報は持ってきてあげるから」

 と小雪さんは静かに言った。

「今襲われたら助からないからね。病院でゆっくりしていた方がいいわ」

 頷くしかない。

 ここは小雪さんの情報収集能力に賭けてみよう。

「ねえ、何か欲しい情報ない?」

「そうですね……」

 少し考えてみる。

 まずは

「風舞観月の昼間の行動が知りたいです。彼女がどこで何をしているのか」

 再び考え込む。

 論理回路しこうのうりょくを全部開放して。

「それから――出来ればですが――函南の潜伏先の特定をお願いします。わずかな情報でも構いません。出来うる限りの情報を集めてもらえますか?」

「オッケー。お安い御用よ。その代わり」

「何でしょう」

「この事件を何としても解決しなさい。凛ちゃんの推理でね」

「言われなくても。そのために僕たちはここにいるんですから」

こんにちは、jokerです。

ひと段落つきました。これからはできるだけ更新頻度上げていきたいと思います。


ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

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