臨月町連続殺人事件
山に囲まれた臨月町の北東端にある高台には古びた大きな教会がある。その教会はルーテリア教会と呼ばれている。僕と先輩である南雲小雪刑事はライトバンから降りて、周囲を歩きながら調べて回った。調べるといっても、大層なことはしていない。あたりを歩き回って、この建物付近に犯人がいた形跡がないかどうかを調べていただけ。
「あー、収穫ないわね」
長い黒髪を弄びながら陽気に話しかけてきたのは南雲小雪刑事。僕は“小雪さん”と呼んでいる。
この寒い時期にブラウスの上にベージュのジャケットを羽織っているだけだ。目鼻立ちが整っていて、精悍な顔。いわゆる出来るキャリアウーマンという感じだ。こんな結構な美人なのに浮いた話は聞かない。というか、この人こそ何故特務係に回されたのか分からない。三十路前でノンキャリアながらに警部になれるとまで噂されていた人物なのだから。
「まあ仕方ないですよ。初日に成果が上がるとは思っていませんから」
臨月町連続殺人事件。
これが僕がこの町に派遣された理由だ。
警視庁次長から直々に渡された資料によると、殺害方法は銃殺、圧殺、轢殺、撲殺などなどバラエティ豊かであることが特徴である。被害者にも共通点があるわけではなく、幼女から老人までこれまたバラバラだ。そして、犯人は今も臨月町のどこかに潜んでいる可能性が高いというテキストで報告書は締めくくってあった。
はじめまして。僕は十六夜凛。警視庁捜査一課特務係所属の刑事をしている。特務係というのはこの度新設された部署で、いわゆる落ちこぼれの巣窟であるという認識が警視庁内では一般的である。誰の指示だか知らないが、すてきな部署を作ったものだ。
これ以上教会を調べても何も得られないという意見になった僕たちはライトバンに乗って、この場所を後にした。
運転をし始めると、助手席に座っている小雪さんが退屈そうに話しかけてくる。
「本当に不運ね、君。まだ二十五歳なんでしょ? どうして、こんな部署にいきなり配属されたのかしら?」
「座席の上で三角座りは止めてください。タイトスカートでそんなことしたら下着見えますよ。大体見たくないものを見せられる方の身にもなってくださいよ」
「あら、ごめんなさいね」
小雪さんは綺麗な足を組む。本当に目のやり場に困る。
「……」
「運転がお留守よ?」
「え?」
ガードレールが迫っていることに気付いて、慌ててハンドルを切る。
危うくガードレールにぶつかりかけた。
「あら、注意力散漫なのね。そんなのだから『アンダードッグ』なんて不名誉なあだ名までつけられるんじゃないかしら」
文句の一つも言ってやりたかったが、口では勝てそうにないので諦めた。
ところで、このあだ名は僕の勤務成績が良くないことからつけられたと聞いている。誰が言い出したのか分からないが、警視庁内では知らない者はいないくらい有名になってしまっている。
町を一回りしてから、滞在先のビジネスホテルに車をつけた。東西に二キロ、南北に一キロあまりの町だから調査する箇所はさほど多くないだろう。ホテルは臨月町の北西端にあるが、利便性は十分だ。
冬の太陽はもうすっかりお勤めを終えている。
「さて、今日の調査はここまでにしましょう」
「はいはい、ご苦労さん。といっても、町中と教会を簡単に調べて回っただけで成果なかったけどね」
「まあまあ、慌てずに。地道に調べていきましょうよ。とりあえず明日、臨月署の方とお話するつもりをしていますが、小雪さん、いいですか?」
「ええ、いいわよ。君、疲れてそうだしね。でもさ、折角若くてルックスもいいのに、たまにはその黒のスーツ以外で仕事したら? ほら、私みたいにカジュアルな感じでさ。細身だからイケると思うんだよね」
「いや、遠慮しときます。大体、公務員の服装といえばスーツでしょう。それに服買いに行こうとも思わないし、この黒にはこだわりもありますから」
「あら、じゃあ仕事明けに付き合ってあげようか?」
「結構です! とっとと仕事終わらせましょう」
もう真面目ちゃんなんだからという声を無視して、僕はチェックインを済ませた。
それから僕は小雪さんと別れて自室に入った。空いているスペースに荷物を下ろして、十階の窓から舞台になる町を観察した。
町の中央には鉄道が走っていて、駅付近はビルなどがいくつか立ち並んでおり、小市街地が形成されている。その中でも一際高いのが臨月セントラルビル。十二階建てのビルで様々な企業が営業所や支店を構えているビルだ。
観光案内によると、クリスマスになれば、絢爛豪華なイルミネーションがこれでもかとばかりに飾り付けられ、デートスポットにもなるのだとか。
さらに、屋上には観覧車が設置されている。これは最近作られたものらしい。
こうしてみて改めて分かったが、町の面積はさほど大きくない。これなら潜伏しているだろう犯人を見つけるのも難しくはない。
次長が僕を派遣したのも頷ける。これは僕の手で扱える範囲の事件だろう。
安堵感が身体を満たしていくと、僕は上着を脱いでハンガーにかけ、ネクタイを緩めてベッドに身を投げた。