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想いと絶望

 騒音まがいの目覚まし時計の音に目を覚ますと、俺は家のベットに寝っ転がっていた。時計は午前七時を指している。日射しがカーテンから乾麺のように射し込んでいる。

 試験終了まで後十七時間。

 上半身を起こして、腰を捻って腕を回す。骨が気持ちいい音を鳴らすだけで痛みは無い。昨日のトラックの事故がまるで夢のように思える。だが、目の前の駅員姿の少年がその幻想を壊した。

「お目覚めですか」

 笹川が俺の前をふわふわと浮きながら話しかけていた。今は三途の川の駅員としてではなく、試験の監視役として俺に憑いている。

 今日の深夜零時に俺は笹川と共に現世に戻された。トラックはもう何処にもいなかった。その時は地団駄を踏んだが、今考えると、トラックの運転手は放置自転車を轢いたとしか思っていないだろう。それにいない方が好都合だった。もしトラックがいたら無傷の俺が絶対問題になる。警察や救急車を呼ばれたら、試験に合格できないのは必至だった。

「試験終了まで後十六時間五十六分ですね」

 時計が七時四分に進んでいる。いつもならもう少し寝ている時間なので眠気がまだ残っている。ベッドから降りて、支度を始める。ベッドから降りてきた笹川が机の上の手紙を指さす。昨日、家に帰ってきてから急いで書き上げた俺の思いを綴った手紙だ。

「その手紙は誰に渡すんでしたっけ?」

「川越菜々美、俺のクラスメイトだよ」

 言ってから顔が熱くなる。親しい友人にも言ったこともないことを笹川に言おうと思ったのは俺にもわからないが、笹川は俺以外の人には見えないらしいので、気にしないことにする。

 菜々美と初めて会ったのは、二学期になった学校の始業式を終えた教室。いわゆる一目惚れだ。転校生として入ってきた菜々美を見た瞬間、俺の人生が百八十度変わるような勢いで回り始めたような気がした。菜々美のためなら何でも出来るような気さえした。透き通った声を聞いたとき、どんな声よりも綺麗な声であるように思えた。その笑顔を見たとき、穢れが洗われていくようだった。出会って一ヶ月だが、俺は一生分の愛を菜々美に捧げる覚悟があった。これ以上の恋が出来ないとすら思う。

 これを聞かれたら笑われるだろう。若気の至りだとか、そんなことは有り得ないとか言われるだろう。それでも俺はそう思えるほどに、恥ずかしいくらいに菜々美が好きなのだ。

 支度を終えた俺は一階に降りると、母さんが俺と弟のお弁当を作っていた。

「母さん、弁当出来てる?」

「後、五分待って」

 俺は出されたパンにバターを塗って、牛乳で流し込む。それを見た笹川が忙しい朝ですね、と一人ごちる。無視して、パンを食べ続ける。俺以外がいるところで笹川とは話したくない。傍から見れば一人ごとの多い少年になるからだ。テレビを点けると、最近現れた放火魔がまた事件は起こしたらしい。場所は結構な近所。物騒な世の中になったものだ。

「はい、出来た。行ってらっしゃい」

「行ってきます」と俺は完成した弁当を持って家を出た。

 家の前に止まった自転車の残骸を見て、溜息を吐きたくなる。俺の傷を治してくれたのだから自転車も直してくれても良いじゃないかと思ったが、神は俺が思う以上にケチらしい。俺は親から借りた自転車に跨ってペダルを力一杯踏んだ。



 学校に着いた俺は下足室で周りを確認する。落ち着きのなく辺りを確認するその姿は不審者だ。俺は誰もいないことを確認してから、菜々美の下駄箱を開けた。中には丸みのある字で川越菜々美と書かれた上靴が閉まってある。俺は鞄から手紙を取り出した。本当にそんなもので大丈夫なんですか、という質問に俺は無言で頷いた。誰にもばれず手紙を入れる任務を終えた俺は教室に行く。

「そういえば、本当にこれが試験なのか?」

「ええ、信じられないと思いますがこれが試験なんです」

 笹川が提示した試験とは、生き返ってから二十四時間以内に想い人に告白すること。これを初めて聞いたとき、笹川が冗談を言っているのだと思った。だが笹川は本気で、俺は今実際にその試験をやっている。笹川が言うには、人間には好きな人がいるのが当たり前。いないのは、犯罪者予備軍――と笹川の上司が言っていたらしい。

 う~ん、どこでも上の人間が考えることは分からない。教室に着くと、当然誰もいない。ドアが開いているのは我らが熱血担任のおかげだ。誰もいない整然とした教室で場違いな大欠伸が出る。やはり無理が祟った様だ。急激な眠気に襲われる。机に突っ伏した俺はそのまま笹川に声を掛けることもなく眠りについた。

 突然の鈍痛に俺は叫びにならない声を上げる。最初に目に入ったのは笹川。だが、目を合わせた笹川は激しく頭を振り、後ろを指さす。頭を押さえながら振り向くと、そこには腰に手を当てた般若――我らが担任――が仁王立ちで睨んでいた。

「よう、佐々木おはよう」

「……おはようございます」

「ところで、今何時だ?」

 教室の掛け時計に目をやると、八時十分を少し過ぎていた。一限目が始まる時間は八時十分。チャイムにも気付かず爆睡していたのか!!

「八時十二分ぐらいですね」

「そうだな、お前、俺の授業を初っ端から寝るとはいい度胸してるじゃねーか」

 担任は笑みを浮かべながら、こちらから目を離さない。あれ、おかしいな、背後に漫画の効果音が見えるぞ!? 蛇に睨まれた蛙になった俺は頬を引き攣った笑顔を向ける。担任は一度大きな溜息を吐いてから教壇に戻っていった。俺は心の中で深く息を吐いて前に向き直る。

「今日の休みは川越だけか」

 その言葉に俺は後ろに自分でも驚くべき勢いで振り返る。そこにはいつも俺に笑顔を振りまいてくれていた菜々美はおらず、ぽっかりと空いた席の後ろにあまり関わり合いのない女子が座っている。俺は目の前がどんどん暗くなっていくような気がした。笹川はすぐ横にいるはずなのに、とても遠くから聞こえてくるような気がする。菜々美がいない。それは俺の死がほとんど確実に決まった瞬間だった。

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