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人生最大でついてない日

 俺がツイてないのはいつものことだったので、飼い主が見て見ぬふりをして置いて行った犬の排泄物を踏もうが、電車が止まろうがあまり気にしていなかった。だが、あの日はあまりにもツイていなかったというか、おそらく人生で一番ツイてなかったのだ。

 それはもう、深夜の人通りの無い道路で大型トラックにひき逃げされるぐらいに。



 目覚めると、俺は地下鉄のプラットホームに独り立っていた。俺の周りは無機質なコンクリートに囲まれて、線路は暗闇に消えぽっかりと空いた黒い穴が延々と続いてる。

 焦るというよりも茫然自失。壁の標識には、右には天国。左には地獄。何をどう受け入れればいいのか分からなくなり、誰かと話したくても誰もいない。

 気持ちの整理ができないまま、先の見えない線路の先から一両だけの小さな電車がやってきてプラットホームに停まる。乗っている人はいない。

「次は~天国~。次は~天国~」

 アナウンスが次の行先を告げる。降りてくる人はいない。乗る人は俺だけ。天国とか地獄とか実感が湧かない。それよりもまさかたった十七歳で生涯を閉じることになるとはいくらなんでも予想しがたいことだった。悲しむこともできなかった。現実が、受け入れられない。

「ストップ!! ストップ!! 乗っちゃダメです!!」

 電車に乗り込もうとした俺を服を掴んで止めたのは、俺より小さい少年。彼は駅員の恰好をしているが年は俺より若い。見えて小学生程度だ。

「な、なんで? もしかして俺、地獄行?」

 流石に絶対天国に行けるような聖人君子ではない。だが、かと言って絶対地獄に落ちる悪逆非道というわけでもない。これも俺の運の悪さが招いた結果なのだろうか。

「いえいえ、あなたのいくところは今のところ、天国でも地獄でもありません。実はあなたが死んだのは、こちらの手違いでして……」

「それはつまり……」

「あなたは、生き返ることができます」

 少年の言葉を聞いた途端、俺は膝から崩れ落ちた。いや、正確には気が抜けて立っていられなくなったのだ。死ななくていい安心感が全身に染み渡る。

 突然その場にへたり込んだので、駅員の少年が慌てふためく。

「ど、どうしたんですか!? 気分でも悪くなりましたか?」

「いえ、安心して」

 駅員の少年は安堵した顔をして、俺に手を差し伸べた。その小さな手を取って立ち上がる。

「申し遅れました。私は笹川と申します。この三途の川の駅員をしています。今回はこちらの手違いで大変なご迷惑をおかけします」と笹川は帽子を脱いで腰を直角に曲げる。ここは丁寧にお辞儀を返すべきなのだろうが、そんなことより気になることがあった。

「ここって三途の川だったの!?」

 駅員の笹川は小さな顔を縦に振った。一面花畑と清い川のイメージが圧倒的に強いのだが。笹川は俺の表情を読み取ってか、こうなった経緯を話し出した。

「昔はお花畑と川でしたが、なんでもあれを維持管理するのがあまりに大変だったらしく、近代化志向もあってこんな殺風景になったんです」

 三途の川にも色々事情があるのか。知らなくて当然のことに、何故か驚いた。精神がまだ安定していないのか。

 とりあえず深呼吸。

「なにはともあれ、俺は生き返ることができるんだよな。じゃあ早く生き返らせてくれないか」

 途端、笹川の顔が歪む。とても申し訳なさそうでとても申し上げにくいことを言う前の顔をしている。まさか、何か不幸が残っているというのか。

「それが、誠に申し上げ難いんですが、生き返るには試験がございまして……」

「試験!? なんでそんなのがあるんだよ!!」

 俺が死んだのは、三途の川側の落ち度だ。それなのに試験があるのはあまりに理不尽すぎる。というよりもなんで蘇生するのに、試験なんか設けるんだ!?

 俺の怒声がトンネルの中を反響して消えていく。

「そんなこと言われましても、規則は規則ですから。なんでも犯罪者予備軍を生き返らせるわけにはいかないからだそうです」

「犯罪者予備軍とか、そんなのどうやってわかるんだよ!?」

「さぁ、私にはさっぱり」と、笹川は首を横に振った。

「まぁ試験の受けなければ死にますから。どうしますか、死にますか?」

 初めの態度と何も変わらない笹川に背筋が凍る。雰囲気が変わったのだ。小さな体が俺より大きくなったように圧倒されてしまう。笹川は相も変わらず、丁寧口調で話を進める。

「あなたは分かってますか? 生き返るチャンスがあるだけ有難いことが。あなたがウダウダ言ってる今この時に、あなたよりも若い子供が死んでいってることを。自分が不幸だと嘆いているときに、生まれる前に死んでいく命を。この世界が平等なわけがないでしょう。この世界は全てが理不尽で出来ているんです」と、笹川は一呼吸おいてこう付け加えた。

「それで、どうしますか。試験を、受けますか? 受けませんか?」

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