『お姉ちゃんにおまかせ♪』 (その1)
【続・○○○姉さんに花束を♡】
『お姉ちゃんにおまかせ♪』
(その1)
序、
私たちのアパートに、化け狸の『あやかし』姉弟のふたりがやって来て3ヶ月ほど経った。
来たばかりの頃は、人間の世界で生活する事になかなか馴染めずにあたふたしていた姉のたぬちゃんだけど、最近は地元の商店街くらいなら私が付き添わなくても一人で買い物出来るほどには慣れて来た感じ。
ちなみに彼女は化け狸なので自分の身体を変化させるのは得意ワザでありまして、頭に生えている耳やお尻のもふもふ尻尾を完全に消して見た目を普通の人間化するのはお手の物だったりします。
だもんで、アパートの外にお出かけしてもミケタマちゃんの時の様な『あやかしバレ』の心配は無いのだけど、何にしろ彼女はずっとずっと山奥の森暮らしだったので人間の世界での決まり事やら諸々の知識とかは全く無くて、最初は常に私が付きっ切りで熱血指導の毎日でありました。
ちなみに、化け狸のたぬちゃんには2つの『あやかしのチカラ(能力)』があります。
一つは、見た事がある物・知っている物ならば、どんな物であってもそれと全く同じ物に自分の身体を変化させる事ができるチカラ。
自分の耳や尻尾を隠すのも、このチカラの応用ですね。
そしてもう一つは、異空間に疑似世界を造り、その中に対象者を引っ張り込んで幻視を見せ、感情を操作するチカラです。
一応、現実空間でも幻視を見せる事はできるのだけど、それだと妖力がいくらあっても足りなくなるので、敢えて異空間に箱庭的な疑似世界を構築して妖力を節約しているのだとか。(それでも、せいぜい30分くらいしか妖力を維持できないらしい。神通力を使って安定した隠れ里を造ってしまう天狗族が、どれだけ異常な存在なのかが良く判る)
なお、この二番目の異空間を操るチカラにはもう一つ応用した利用方法がありまして、それは異空間を仲介して2箇所の現実空間を繋げてしまう。という使い方であります。(もっと判りやすく表現するなら「ワープ」もしくは「どこでもドア」でありますね!)
たぬちゃん姉弟が初めてアパートに来た時、耳や尻尾を出したままで天狗の隠れ里から来れたのはこのチカラを使ったからだったのでした。
一方、弟のぽんくんは、アパートに来てからほとんどミケタマちゃん&わらしちゃんのふたりと一緒に居るので、当然ながら外にお出かけする事が無い。
そろそろ、ぽんくんにも人間の世界についてのお勉強タイムを作らなきゃダメね。
ただ、ぽんくんは姉のたぬちゃんと違って化けるチカラがほとんど無いのよね。
アパートの外に出るとしたら、頭の耳は小さいから帽子でも被れば良いんだけど、問題は大きなもふもふ尻尾よねぇ。
女の子のミケタマちゃんみたいにスカート履いてれば隠せるけど、男の子だもの。さて、どうしましょ?
1、
昨日まで降り続いていた雨が上がり、久しぶりに陽射しが戻って来たある日の午後。
ミケタマちゃん、わらしちゃん、ぽんくんの3人は、2階奥の大部屋に布団を敷いて仲良くお昼寝中。
最近のぽんくんは、もうすっかり新しくできた二人のお姉ちゃんにべったりで、実の姉のたぬちゃんよりも一緒に居る事が多い。まぁ、今まで住んでいた山奥の森には、身近に子供の『あやかし』が居なかったからね。嬉しいんだろうなぁ。
と言うわけで、ぽんくんの事は「新お姉ちゃんズ」にお任せして、私とたぬちゃんはふたりでお出かけする事にしました。
特に目的地などは無く気の向くままに街なかをブラブラ歩きするだけなのですが、ふたりだけで行動するのなんて何年振りだろう?
たぬちゃんはウキウキしながらあっちこっち見て回ってる。
人間界の街にも多少は慣れて来たとは言え、まだまだ彼女にとっては見るもの聴くもの珍しいモノばかりで、私が初めて訪れたときと同じ感覚なんだろうなぁ……と思うと感慨深いわねぇ。
そんな感じで調子に乗ってふたりして歩き回っていたら、いつの間にか街の外れまで来てしまっていました。
大学生時代から永い事この街に住んできた私だけど、この辺りまで来たのは初めてだったりします。
辺りを見渡すと、街なかの様な人工的な建物が密集した景色とは異なって、青々とした木々が繁り、ちょっと大きめな川が流れていたりして自然豊かな風景が拡がっていました。
空気が澄んでいる。
山奥の深い森で自然に囲まれて生活をしてきた『あやかし』である私たちには、街なかよりもこういう場所のほうが本来のチカラ(能力)を発揮しやすいのよねぇ。
まぁ、自然に囲まれていたほうが体調良くなるのは人間も同じでしょうけどね。
……しかし、さらに奥に進むとふたりは予想外の状況を目の当たりにする事となり愕然とした。
その場所には、様々な工事用重機が無惨にも広大な緑豊かな大地を掘り起こし、何かの巨大な建築物を建設する工事現場が拡がっていたのだ。
昨日まで降り続いていた雨のせいか、今日は工事を休止している様で作業員の姿は見えない。
ふたりは声も無くその光景を見つめていた。
「今はね、私たちが住んでいたあの山奥の森もこんな感じになっちゃってるんだよ。むかし、砂かけちゃんと一緒に山菜採りに行った所も、もう無くなっちゃったんだ………」
たぬちゃんが哀しげにそうポツリと呟いた。
ついさっきまで私の横でウキウキしながら歩いていた。……のに。
私は、しかし、そこで今まで感じた事が無いほどの異様に強い妖気が漂っている事に気がついた。いったい何?と思い辺りを見渡すと、私たちより少し離れた場所で若い女性が一人立っていた。
間違い無くこの妖気は彼女から発せられていた。
たぬちゃんも気づいたらしい。
私と同じ方向に視線を移していた。
女性のほうも私たちに気づいたらしく、こちらに向かって歩いて来た。
え?こんなワケの判らない妖気を出している女性が、もし私たちに害を及ぼす様な存在ならマズいんだけど、ちょっと、いえ、かなりヤバいかも知れないんだけど?!
……が、とりあえず、その心配は不要だったみたい。
「こんにちは。まさかこんな所でお仲間の方たちと遭遇するとは思わなかったわ。私の名前は『ここのつ』よ、よろしくね」
……「ここのつ」?なんて名前の『あやかし』は私は知らないけど、まぁ、それは置いときましょう。
一応、私たちも自己紹介しておいた。
「まぁ、幻視使いの化け狸さんと、それと砂使いの砂かけさんですって? もしかして、あの『がしゃどくろ』を討伐された方なの?
……そんな凄い『あやかし』がこの街には住んでいたのね!」
う〜ん、言葉遣いは丁寧だし、妖気が強過ぎる事を除けば特に問題は無い人物に感じるけど、でも何か妙な気がするのよねぇ、この女性。
「私たちは今たまたまこの場所に来て、ここでこんな工事をしていた事を知って驚いて立ち尽くしていたのですけど、えと、ここのつさんは何故こんな所に……?」
たぬちゃんが、恐る恐るな感じで彼女に尋ねた。
すると彼女は私たちから工事の光景に視線を移して、そして間をおいてから静かな、今までの丁寧な言葉遣いとは『異なる口調』で答えた。
「実は、むかしこの場所には広大な田んぼが拡がっていたのさ。
それはもう半世紀以上も前の話しだけどね。
そしてね、その田んぼには私の大切な『あやかし』の友人が住んでいたんだ………」
田んぼに住んでいた『あやかし』の友人?
それってもしかして、田んぼを守護して豊穣を司る「泥田坊」さんかな?
「そう、半世紀以上も前なんだ。彼と会い、笑って最後の会話を交わしたのは。彼と『また遊びに来るから』って手を振って別れたのは………」
私たちは言葉も無かった。
「そしてね、久しぶりに彼と会いたくなって今日来てみたら、彼が住んでいた田んぼはこんなになっていて呆然としていたところなんだよ」
「あの、それでは、泥田坊さんが今どちらへ行かれたのかは判らないのですね」
「いや、彼の居場所は判っているよ。彼は今でもこの場所に、この地下深くに居て、うずくまっている様だ」
えぇっ!? この工事現場の地下に!?
「それで、さっきからズッと念話を送って話し掛けているんだが、どうも彼の反応が可怪しい。
何か、唸り声を上げ続けている様だ。明らかにマズい状況なのさ」
この工事がいつから始められていたのかは判らない。でも、コレだけ作業が進んでいるって事はかなり前から実施されていたのは確かで、泥田坊さんはソレを地下深くから見ていたんだ。
自分が大切に守護してきた広大な田んぼが次々と潰されて、土地が無惨に掘り起こされていくのを黙って耐えて見ていたんだ……。
怒っているよね。
もの凄く、怒っているよね。
でも、私には彼の怒りを鎮めてあげる術が無い。
どうすれば良いのか判らない。
私たち3人はそれぞれの想いを込めて工事現場の前で立ち尽くしていた、その時だった。
突然、激しい地震とともに地面から全長5メートルほどの巨大な泥の塊が迫り上がって来た。
そしてその塊はグチャグチャと流動し、やがて『1つ目顔の泥の巨人』の姿へと変化した。
泥田坊さんだ!
彼は、その全身から凄まじい怒りの波動を撒き散らしていた。




