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測定不能  作者: Wataru
7/25

静音化

街は、以前より静かだった。


車は走っている。

店も開いている。

人もいる。


ただ、声が少ない。


怒鳴り声が減った。

抗議が減った。

反論が減った。


そしていつの間にか、


笑い声も減った。



主人公は音声解析室で働いている。


街の発話量を数える仕事。


画面表示。


【総発話量:安定】

【反対語率:減少】

【社会調和指数:正常】


上司は満足する。


「理想的だ」


静かな社会。


摩擦のない社会。



ある日。


主人公は気づく。


“助けて”の発話回数がゼロになっている。


データを遡る。


先月は3件。

その前は7件。


今月、ゼロ。


彼は報告する。


「緊急発話が消えています」


上司は即答する。


「衝突が減った証拠だ」


画面は緑。


正常。



帰りの電車。


目の前で人が倒れる。


一瞬、視線が集まる。


沈黙。


彼は口を開く。


「大丈夫ですか」


その瞬間。


端末が震える。


【沈黙推奨通知】


あなたの発話は

公共空間の静音基準を逸脱しています。


車内が静まり返る。


倒れた人は、静かに起き上がる。


誰も声を出さない。


彼の声だけが浮く。


視線が刺さる。



翌朝。


画面表示。


【反対語率:0.01%上昇】

【社会調和指数:正常】


そして。


【個人発話監視レベル:上昇】


彼の名前の横に、小さな印。


“過剰発話傾向”。



昼。


社内通知。


【発話矯正プログラムのご案内】


社会調和の維持にご協力ください。

発話頻度の最適化を支援します。


選択肢:


✔ 参加する

✔ 保留する


彼は保留を押す。


画面が暗転する。


【保留回数:1】



数日後。


彼の声がノイズ処理され始める。


会議で発言すると、


語尾が自動的に丸められる。


反対語は変換される。


「違う」は「検討の余地あり」に。


「やめたほうがいい」は「慎重な判断を」に。


誰も気づかない。


彼の発話量は減らない。


だが、


“意味”が減る。



ある夜。


また誰かが倒れる。


彼は口を開く。


音が出ない。


喉は動いている。


声は、記録されない。


周囲は静かだ。


誰も、何も言わない。


倒れた人は、やがて立ち上がる。


自分で。



翌朝。


画面表示。


【社会調和指数:正常】

【反対語率:安定】

【発話ノイズ除去率:0.02%】


彼の名前は表示されない。


個人データは統合された。


発話傾向:平均化。



街は静かだ。


誰も叫ばない。


誰も抗議しない。


誰も助けを求めない。


沈黙は、完成に近づいている。


そして、


それは“理想的”と呼ばれていた。

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