廃棄部署
辞令は、静かだった。
【人材再配置室への異動を命ずる】
理由は書かれていない。
書く必要もないのだろう。
彼女はメールを閉じた。
驚きはなかった。
評価は下がり続けていたし、
成果と呼べる数字もなかった。
妥当だと思った。
⸻
再配置室は、本社の一番奥にあった。
机と椅子と、最低限の端末。
業務は「待機」。
十人ほどが座っている。
年齢も部署歴もばらばら。
共通点はひとつ。
“使い道が見つからなかった”。
彼女は席に座る。
静かだ。
怒りも諦めもない。
ただ、空気が薄い。
⸻
数日後、彼女は気づく。
この部屋は無能の集まりではない。
ただ、配置を間違えられた人間の集まりだ。
窓際の初老の男性は、営業歴二十年。
契約トラブルの履歴をほぼ暗記している。
若い女性は、クレーム対応の元担当。
相手の声の震えで、嘘と本音を聞き分ける。
奥の男性は、ログ解析に異常に強い。
異常値の“匂い”を嗅ぎ取る。
だが、それらは今の評価基準に入っていない。
成果は売上と速度だ。
予兆と緩衝は、点数にならない。
⸻
ある日、営業部で大きなトラブルが起きた。
契約条件の読み違い。
法務との連携不足。
炎上寸前。
再配置室の中で、初老の男性が呟く。
「条件条項、去年と変わってるな」
ログ解析の男性が画面を覗き込む。
「三日前からエラー増えてます」
クレーム担当の女性が言う。
「先方、もう怒ってる」
彼女は頭の中で計算する。
この損失額。
この混乱。
この時間。
――防げた。
誰かが、気づいていれば。
⸻
トラブルは、なんとか収束した。
功績は管理職の手柄になる。
再配置室は、また静かになる。
彼女は考える。
会社が悪いわけではない。
評価軸が違うだけだ。
効率重視の組織に、
予兆読みの人間は重い。
だが、必要ないわけではない。
“余裕がない”だけだ。
⸻
彼女はノートを開く。
名前を書き出す。
特技を書き出す。
過去の事例を書く。
損失額を書く。
外部企業のニュースを並べる。
同じ失敗が、いくつも載っている。
彼女は結論を出す。
市場はある。
ただ、この会社には余裕がない。
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退職届を出した。
「理由は?」
「個人的な事情です」
本当は単純だった。
資源が眠っているのを、
放置するのが非効率だから。
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三ヶ月後。
小さな事務所。
看板は地味だ。
【予兆設計室】
最初の依頼は、社員三十人の印刷会社。
「最近、離職が続いていて」
彼女は廃棄部署の元メンバーに連絡する。
初老の男性は契約書を読む。
ログ解析の男性はデータを見る。
クレーム担当の女性は、社員の声を聞く。
派手なプレゼンはない。
ただ、指摘する。
「ここが崩れます」
三ヶ月後、崩れなかった。
社長は言う。
「助かりました」
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廃棄部署と呼ばれていた人間たちは、
いま、それぞれの机に向かっている。
派手な成果はない。
ニュースにもならない。
けれど、依頼は増えている。
「助かりました」と言われる回数が、少しずつ増えている。
彼女はカレンダーを見る。
来月の予定は、ほぼ埋まっていた。
余裕はない。
安定も、まだない。
それでも。
机の上の案件に手を伸ばす。
廃棄されたはずの人間たちは、
いま、動いている。
彼女は電気を消さない。
まだ、やることがある。
それが、嬉しかった。




