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測定不能  作者: Wataru
2/7

廃棄部署

辞令は、静かだった。


 【人材再配置室への異動を命ずる】


 理由は書かれていない。


 書く必要もないのだろう。


 彼女はメールを閉じた。


 驚きはなかった。


 評価は下がり続けていたし、

 成果と呼べる数字もなかった。


 妥当だと思った。



 再配置室は、本社の一番奥にあった。


 机と椅子と、最低限の端末。


 業務は「待機」。


 十人ほどが座っている。


 年齢も部署歴もばらばら。


 共通点はひとつ。


 “使い道が見つからなかった”。


 彼女は席に座る。


 静かだ。


 怒りも諦めもない。


 ただ、空気が薄い。



 数日後、彼女は気づく。


 この部屋は無能の集まりではない。


 ただ、配置を間違えられた人間の集まりだ。


 窓際の初老の男性は、営業歴二十年。


 契約トラブルの履歴をほぼ暗記している。


 若い女性は、クレーム対応の元担当。


 相手の声の震えで、嘘と本音を聞き分ける。


 奥の男性は、ログ解析に異常に強い。


 異常値の“匂い”を嗅ぎ取る。


 だが、それらは今の評価基準に入っていない。


 成果は売上と速度だ。


 予兆と緩衝は、点数にならない。



 ある日、営業部で大きなトラブルが起きた。


 契約条件の読み違い。


 法務との連携不足。


 炎上寸前。


 再配置室の中で、初老の男性が呟く。


「条件条項、去年と変わってるな」


 ログ解析の男性が画面を覗き込む。


「三日前からエラー増えてます」


 クレーム担当の女性が言う。


「先方、もう怒ってる」


 彼女は頭の中で計算する。


 この損失額。


 この混乱。


 この時間。


 ――防げた。


 誰かが、気づいていれば。



 トラブルは、なんとか収束した。


 功績は管理職の手柄になる。


 再配置室は、また静かになる。


 彼女は考える。


 会社が悪いわけではない。


 評価軸が違うだけだ。


 効率重視の組織に、

 予兆読みの人間は重い。


 だが、必要ないわけではない。


 “余裕がない”だけだ。



 彼女はノートを開く。


 名前を書き出す。


 特技を書き出す。


 過去の事例を書く。


 損失額を書く。


 外部企業のニュースを並べる。


 同じ失敗が、いくつも載っている。


 彼女は結論を出す。


 市場はある。


 ただ、この会社には余裕がない。



 退職届を出した。


「理由は?」


「個人的な事情です」


 本当は単純だった。


 資源が眠っているのを、

 放置するのが非効率だから。



 三ヶ月後。


 小さな事務所。


 看板は地味だ。


 【予兆設計室】


 最初の依頼は、社員三十人の印刷会社。


「最近、離職が続いていて」


 彼女は廃棄部署の元メンバーに連絡する。


 初老の男性は契約書を読む。


 ログ解析の男性はデータを見る。


 クレーム担当の女性は、社員の声を聞く。


 派手なプレゼンはない。


 ただ、指摘する。


「ここが崩れます」


 三ヶ月後、崩れなかった。


 社長は言う。


「助かりました」



 廃棄部署と呼ばれていた人間たちは、

 いま、それぞれの机に向かっている。


 派手な成果はない。

 ニュースにもならない。


 けれど、依頼は増えている。


 「助かりました」と言われる回数が、少しずつ増えている。


 彼女はカレンダーを見る。


 来月の予定は、ほぼ埋まっていた。


 余裕はない。

 安定も、まだない。


 それでも。


 机の上の案件に手を伸ばす。


 廃棄されたはずの人間たちは、

 いま、動いている。


 彼女は電気を消さない。


 まだ、やることがある。


 それが、嬉しかった。



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