第六章 鍛冶ギルドの闘
十二歳になったセイは、鍛冶ギルドの実態調査を本格的に開始した。
リーナの協力のもと、王都内にある二十三の鍛冶工房を訪問し、製造工程を観察し、職人たちに聞き取りを行った。表向きは「武器品質向上のための調査」だが、実際には、ギルドの構造と権力関係を把握することが目的だった。
調査の結果、見えてきたのは、予想以上に複雑な利権の網だった。
「まず、ギルドの構造を整理しよう」
ある夜、セイは工房の作業台に広げた紙に、組織図を描きながら説明した。聞いているのは、リーナと、ガルドだった。
「鍛冶ギルドの頂点には『親方会議』がある。これは、有力工房の親方十二人で構成されてる。この十二人が、ギルドの方針を決め、価格を設定し、新規参入を審査する」
「十二人——多いな」
「多いけど、実質的に力を持っているのは、そのうちの四人だけ。この四人の工房が、騎士団への武器供給の七割を担ってる」
「七割?」
リーナが眉をひそめた。
「残りの十九工房は、何をしてるんだ」
「民間向けの刃物とか、農具とか。騎士団への納入資格を持っていない工房が多い」
「納入資格?」
「うん。騎士団に武器を納入するには、ギルドの『特別認定』を受けなきゃいけない。その認定を出すのが、親方会議——つまり、既存の納入業者たちだ」
「なるほど——新規参入を阻む仕組みか」
「そう。競争相手を増やしたくないから、認定基準を曖昧にして、自分たちに都合の悪い工房は排除してる」
ガルドが、苦々しい顔で頷いた。
「俺も
続ける
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、何度か認定を申請したことがある。だが、いつも理由をつけて却下された。『技術が未熟』だの、『設備が不十分』だの——実際には、うちより品質の低い工房が認定を受けてるのにな」
「それが、利権構造だよ。実力じゃなくて、コネで決まる。そして、その頂点にいるのが——」
セイは、組織図の一角を指差した。
「ヴァルザーク公爵家」
「やはり、そうか」
リーナの声には、苛立ちが混じっていた。
「あの男の名前は、どこを調べても出てくるな」
「公爵家は、直接ギルドを支配してるわけじゃない。でも、親方会議の四人の有力者のうち、三人がヴァルザーク家と取引関係にある。公爵家が鉄鉱石の採掘権を持っていて、その鉄を優先的に回してもらう代わりに、公爵家の意向に従ってるんだ」
「つまり、公爵家を敵に回すと、鉄が手に入らなくなる——」
「そういうこと。だから、誰も逆らえない」
セイは、紙に描いた構造図を見つめた。
「これが、品質が上がらない本当の理由だ。競争がないから、改善する動機がない。公爵家が満足してる限り、現状維持が続く。品質が悪くても、価格が高くても、誰も文句を言えない」
「——どうする」
リーナが問いかけた。
「公爵家を正面から敵に回すのは、自殺行為だぞ」
「分かってる。だから、別のアプローチを考えてる」
「別の?」
「公爵家の支配を、正面から崩すんじゃなくて——」
セイは、新しい紙を取り出した。
「『競争』を持ち込むんだ」
セイの計画は、シンプルだった。
現在の利権構造は、「鉄の供給」をヴァルザーク家が独占していることで成り立っている。その独占を崩すことができれば、構造は自然と変わる。
「鉄の独占を崩す——どうやって?」
「新しい供給源を見つける」
「新しい? この国の鉄鉱山は、ほとんどヴァルザーク領にあるぞ」
「人間の領土には、ね」
セイの言葉に、リーナとガルドは顔を見合わせた。
「まさか——」
「ドワーフ」
セイは、はっきりと言った。
「北の山岳地帯に住むドワーフ族。彼らは、人間よりも優れた採掘技術と、高品質の鉄鉱石を持っている。もし、彼らと直接取引ができれば——」
「待て待て」
ガルドが、慌てて遮った。
「ドワーフとの交易は、法律で制限されてるんだぞ。勝手に取引したら、密輸扱いだ」
「法律で『制限』されてるだけで、『禁止』されてるわけじゃない。王室の許可があれば、取引は合法だ」
「王室の許可——そんなもの、どうやって取る?」
「それを——考えるのが、これからの課題だ」
セイは、苦笑した。
正直、具体的な方法はまだ見えていなかった。王室に働きかけるには、それなりの地位と人脈が必要だ。十二歳の鍛冶師の息子には、どちらもない。
だが、方向性は見えた。ドワーフとの交易ルートを開拓すれば、鉄の供給源が多様化し、ヴァルザーク家の独占が崩れる。競争が生まれれば、品質改善の動機が生まれる。
「それまでは——できることをやる」
セイは、父を見た。
「父さん。うちの工房で、『品質保証』のモデルケースを作りたい。騎士団の認定がなくても、民間向けの製品で実績を積む。そうすれば、『品質保証された武器』の評判が広まる」
「評判が広まれば——騎士団からも注目される、ということか」
「そう。下から攻める。上を変えるんじゃなくて、下から変えていく」
ガルドは、しばらく考え込んでいたが、やがて頷いた。
「——やってみるか」
「ありがとう、父さん」
「礼はいい。ただ——」
ガルドは、息子の顔を見つめた。
「無理はするなよ。お前はまだ十二だ。全部を背負い込む必要はない」
「分かってる」
セイは微笑んだ。だが、心の中では、別のことを考えていた。
無理をしない——それは、できない相談だった。品質問題で命が失われている以上、一刻の猶予もない。前世で学んだことがある。「できるだけ早く、できるだけ多くの改善を」。品質の世界に、「まだ大丈夫」という言葉はない。
数日後、セイは一人で王都の街を歩いていた。
目的地は、王都の南端にある「魔道具街」だった。魔力を応用した道具——照明器具、暖房器具、通信器具など——を扱う店が並ぶ区画だ。
セイが探しているのは、ある特定の人物だった。
「——元宮廷魔道具師、クロード・アイゼンベルク」
リーナから聞いた名前だった。かつては宮廷で重用された魔道具師だったが、ある事件をきっかけに失脚し、今は王都の片隅で細々と商売をしているという。
その「事件」というのが、セイの興味を引いた。
「魔道具の品質問題で、失脚した——」
つまり、彼は「品質」の重要性を、身をもって知っている人物だ。そして、魔道具の専門家でもある。セイが計画している「精密測定器」の開発には、魔力を応用した技術が不可欠だった。
「ここか——」
目当ての店を見つけた。古びた木造の建物で、看板には「アイゼンベルク魔道具修理店」と書かれている。店構えは、お世辞にも繁盛しているとは言えなかった。
店に入ると、薄暗い室内に、雑多な魔道具が積み上げられていた。壊れた照明器具、歪んだ通信用水晶、錆びついた暖房器具——修理を待つ品々が、棚から溢れている。
「いらっしゃい——って、子どもか?」
カウンターの奥から、男の声がした。顔を上げると、四十代半ばと思しき男が、眼鏡の奥から怪訝そうにこちらを見ていた。痩せた体躯に、灰色がかった金髪。かつては洗練されていたであろう服は、今は擦り切れて色褪せている。
「クロード・アイゼンベルクさんですか?」
「そうだが——何の用だ? 子どもの使いなら、大人を連れてきてくれ」
「使いじゃないです。僕自身の用件で来ました」
クロードの眉が、わずかに上がった。
「お前自身の? 何だ、壊れた玩具でも直してほしいのか?」
「いいえ。魔道具を——新しく作ってほしいんです」
「新しく?」
「はい。『温度計』と『精密測定器』。今まで、この世界に存在しなかったものを」
クロードの表情が、怪訝から興味へと変わった。
「——話を聞こうか」
店の奥にある作業室で、セイはクロードに自分の構想を説明した。
「温度を数値で測定する器具——」
クロードは、セイの説明を聞きながら、顎に手を当てていた。
「考え方は理解できる。物質は熱を持つと膨張する。その膨張の度合いを目盛りで読み取れば、確かに『温度』を数値化できるだろう」
「できますか?」
「理論上は、可能だ。だが、問題は精度だ。普通の液体では、膨張係数が不安定で、正確な測定ができない」
「だから、魔力を使いたいんです」
セイは、前のめりになった。
「魔力を帯びた液体なら、膨張の挙動を安定させられるんじゃないかと思って」
「——なるほど。魔力による性質安定化か」
クロードの目に、かすかな光が宿った。
「面白い発想だ。宮廷にいた頃、似たような研究をしていた同僚がいた。彼は、魔力を使って液体の粘度を一定に保つ実験をしていた。理論は確立されている」
「じゃあ、作れる?」
「作れる——かもしれない。ただし、時間と費用がかかる。実験を繰り返して、最適な組成を見つけなければならない」
「費用は——」
セイは、懐から小さな袋を取り出した。中には、これまで貯めてきた小銭が入っている。鍛冶仕事の手伝いで得た、わずかな報酬だ。
「これだけしかないですが——」
クロードは、袋の中身を見て、苦笑した。
「これでは、材料費にもならんな」
「すみません——」
「だが——」
クロードは、袋をセイに押し返した。
「金はいい。その代わり、条件がある」
「条件?」
「お前の目的を、教えろ。なぜ、温度計なんてものを作りたい? 子どもの好奇心にしては、あまりに具体的すぎる」
セイは、少し迷った後、正直に答えることにした。
「——品質管理のためです」
「品質管理?」
「鍛冶仕事で、温度管理が重要なんです。焼き入れの温度が高すぎても低すぎても、鋼の性質が変わってしまう。今は職人の勘に頼ってるけど、それだと品質がばらつく。数値で管理できれば、誰でも同じ品質を出せるようになる」
クロードは、黙ってセイの説明を聞いていた。その目には、複雑な感情が浮かんでいた。
「品質管理——か」
「はい」
「俺が宮廷を追われたのも、品質の問題だった」
「——聞いてます」
「何を聞いた?」
「魔道具の不具合で、事故が起きたと」
クロードの顔が、一瞬だけ歪んだ。
「——その通りだ」
彼は、ゆっくりと話し始めた。
「俺は、宮廷で魔道具の開発を担当していた。照明器具や暖房器具だけじゃない。軍事用の魔道具——通信機や、探知機や、時には攻撃用の道具も」
「軍事用——」
「あるとき、新型の通信機を開発した。従来のものより、通信距離が三倍。画期的な性能だった。俺は有頂天になって、十分なテストもせずに、軍に納入した」
クロードの声が、低くなった。
「その通信機が、戦場で故障した。魔力回路のオーバーヒートが原因だった。通信が途絶え、部隊は連携を失い——三十人の兵士が、待ち伏せで殺された」
「——」
「俺は、責任を問われて失脚した。当然の報いだ。俺の驕りが、三十人の命を奪った」
沈黙が、作業室を支配した。
セイは、何を言うべきか分からなかった。前世でも、品質問題で命が失われる事例を何度も見てきた。だが、当事者の口から直接聞くのは——重かった。
「だから——」
クロードが、再び口を開いた。
「お前の話には、興味がある。品質管理。不良を出さない仕組み。俺が宮廷にいた頃には、そんな概念はなかった。『良いものを作る』ことしか考えていなかった」
「クロードさん——」
「協力しよう」
クロードの目が、まっすぐにセイを見た。
「金はいらん。その代わり、お前の『品質管理』とやらを、俺にも教えてくれ。俺は——同じ過ちを、二度と繰り返したくない」
セイは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。一緒に——作りましょう」
こうして、セイは新たな仲間を得た。
元宮廷魔道具師クロード・アイゼンベルク。彼の技術と、セイの知識が融合することで、異世界初の「精密測定器」が生まれることになる。
だが、それはまだ先の話だった。
今はただ、小さな種が蒔かれた。いつか大きな木に育つことを願いながら——。




