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イセカイ上等

作者: ユニ

「……おい、次は何人だ?」


 足元に転がる三人の男たちを見下ろし、俺——赤城あかぎ 龍平りゅうへいは吐き捨てた。

 拳にはジンジンとした鈍痛。服には泥と、自分のものではない返り血が混じっている。


 群れるのが嫌いだ。

媚びるのも、守られるのも虫酸が走る。

ただ、真っ向から突っかかってくる馬鹿を拳で黙らせる。それだけが、俺の「生きてる実感」だった。


「一匹狼の赤城」

「歩く弾道ミサイル」


 周りは勝手にそう呼んで恐れるが、知ったことか。

今日もまた、空虚な勝利を抱えて帰路につく。……はずだった。


「……あ?」


 ビルの隙間、地上五階相当の非常階段の淵。

そこに、場違いな白い塊が見えた。


「ミャー」


 情けない声で鳴く子猫だ。今にも足を踏み外しそうなほど、細い鉄柵の上で震えている。


「チッ……。見捨てりゃいいだろ、こんなもん」


 足は、勝手に階段を駆け上がっていた。

俺みたいなヤンキーが、善行? ヘドが出る。だが、あの「今にも消えそうな命」の震えが、なぜか昔の自分と重なって見えた。


「おい、動くなよ……。今、取ってやる……」


 指先が、柔らかな毛並みに触れる。

猫を掴み、胸元に押し込んだ。瞬間、安堵した。


 だが、その時だ。

古びた鉄柵が、乾いた音を立てて弾け飛んだ。


「——あ」


 浮遊感。

逆さまになる視界。

遠ざかる夜空と、近づく冷たいアスファルト。


(……笑えねぇ。俺の最期、猫助けて転落死かよ……。……まあ、いいか。あいつ(猫)は助かったみたいだしな……)


 鈍い衝撃。

そこで、俺の意識は真っ暗な闇に沈んだ。



---



「……熱い」


 体の芯が、燃えるように熱い。

コンクリートに叩きつけられた衝撃で、五臓六腑が焼けているのかと思った。


だが、違う。

この熱は、内側から溢れ出してくる「何か」だ。


「……ん、ぐ……っ!」


 重い瞼をこじ開ける。

目に飛び込んできたのは、見たこともないほど巨大な樹木と、異常に青い空だった。


「どこだ、ここ……。病院じゃ……ねぇな」


 身を起こそうとして、異変に気づく。

体が軽い。全身を覆っていた傷跡が消え、それどころか、現役の時よりも筋肉が引き締まり、力がみなぎっているのを感じる。


 ふと、自分の手を見た。

拳の皮は剥けていない。だが、拳を握り込むと、周囲の空気がビリビリと震えるような感覚がある。


「……なんだこれ。まるで、全身がダイナマイトにでもなった気分だ」


 あたりを見渡すと、茂みの奥からカサカサと音がした。

出てきたのは、犬……にしてはデカすぎる、毛むくじゃらの化け物。額には一本の角が生えている。


「グルルル……ッ!」


「はっ……。なんだ、お前。地獄の番犬ってやつか?」


 普通なら腰を抜かす場面だろう。

だが、俺のメンタルは、そんなヤワにできてねぇ。

むしろ、死んで早々、喧嘩の相手が見つかったことにニヤリと口角が上がった。


「ちょうどいい。俺の最期は『事故』で負けがついたままだ。……イセカイか何だか知らねぇが、まずは挨拶代わりにお前からぶっ飛ばしてやるよ」


 俺は学ラン——なぜか破れ一つない状態で再生していた特攻服を翻し、大きく拳を引いた。


「来いよ、角野郎。——『イセカイ上等』だ」


 体内の熱が、右拳に集束する。

それは後にこの世界で「魔力」と呼ばれるものだと知るが、今の俺には関係ない。

ただ、目の前の敵を殴る。俺の流儀は、それだけだ。


「オラァッ!!!」


 爆音とともに、俺の第二の人生が幕を開けた。


ドォォォォンッ!!!


 空気が爆ぜるような音が、静かな森に響き渡った。 俺が放った右ストレートは、角の生えたデカ犬の眉間にクリーンヒットした。


「ガ、ハ……ッ!?」


 化け物は悲鳴を上げる暇もなかった。 巨体が紙屑みたいに吹き飛び、背後の大樹を三本まとめてなぎ倒してようやく止まる。 動かねぇ。……っていうか、頭がひしゃげて即死だ。


「……は?」


 自分の拳を見る。 手応えがねぇ。まるで豆腐を殴ったみたいだった。 今の一撃、別に本気じゃねぇ。軽く「挨拶」してやった程度だ。


「おいおい、なんだよこれ。俺、コンクリートと一緒に、リミッターまでどこかに落っことしてきたか?」


 その時、脳内に無機質な声が響いた。


《 経験値を確認。レベルが 1 から 25 に上昇しました 》

《 ユニークスキル『タイマン特化:不退転』が発動しました 》

《 称号『深淵の森の覇者』を獲得しました 》


「あ? 誰だ、今の。……タイマン特化だぁ?」


 空中に、半透明の板が浮かび上がる。 そこには俺の名前と、わけのわからねぇ数字が並んでいた。


名前:赤城 龍平 職業:一匹狼ロンリーウルフ

LV:25 スキル:

【メンチ切:極】(視界に入った敵を一定確率で麻痺させる)

根性パッシブ】(致死ダメージを受けても一度だけ耐える)

【タイマン特化:不退転】(一対一の状況で全ステータスが10倍になる)

称号:

【異世界からの不良】

【猫を救いし者】


「……猫を救いし者、ね。ケッ、余計なお世話だっつーの」


 鼻を鳴らし、俺は歩き出した。 どうやらここは、ゲームみたいなルールが支配してる場所らしい。 だが、そんなことはどうでもいい。 俺のルールは一つだけ。売られた喧嘩は買う。邪魔な壁はぶっ壊す。


 森を抜けるように歩いていると、少し開けた街道に出た。 そこでは、何やら騒がしい「宴会」……じゃねぇな。一方的なリンチが行われていた。


「ひっ、助けてくれ……!」

「ギャハハ! この馬車の荷物、全部置いていきな!」


 薄汚い緑色の小鬼(ゴブリンってやつか?)の集団が、豪華な馬車を囲んでいる。 御者らしき男は震え、馬車の陰では派手なドレスを着た女が、泣きそうな顔で震えていた。


 十数匹の小鬼が、ナイフをチャキチャキ鳴らしながら詰め寄る。 数にモノを言わせて弱者を痛ぶる。……一番嫌いな光景だ。


「おい、クソガキども」


 俺はポケットに手を突っ込んだまま、堂々と街道の真ん中へ出た。


「……あ?」


 小鬼たちが一斉にこちらを向く。 醜い顔に下卑た笑いを浮かべ、一匹が威嚇するように奇声を上げた。


「ギギッ! ギガァッ!」


「あぁん? どこの組のもんだか知らねぇが、挨拶もなしに鳴いてんじゃねぇよ」


 俺は、スキルとやらの使い方も知らねぇ。 だが、腹の底から湧き上がる「苛立ち」を、そのまま視線に乗せて叩きつけた。


「——道、あけろよ。轢き殺されてぇのか?」


《 スキル【メンチ切:極】が発動しました 》


 瞬間、空気が凍りついた。 さっきまで勝ち誇っていた小鬼たちが、ガタガタと膝を震わせ、手に持っていた武器をバタバタと落とし始める。 中には、泡を吹いてそのままひっくり返るやつまでいやがる。


「ヒッ……ギギィッ!」


 小鬼たちは、俺の顔を見ただけで、蜘蛛の子を散らすように森の奥へ逃げていった。 後に残されたのは、呆然と口を開けた馬車の連中と、俺だけだ。


「……チッ。骨のねぇ野郎らだ」


 俺は地面に唾を吐き、そのまま通り過ぎようとした。 群れるのも、感謝されるのも、柄じゃねぇからな。


「あ、あの……! お待ちください、旅のお方!」


 背後から、鈴を転がすような声がした。 振り返ると、さっきのドレスの女が、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。


「貴方は……一体、何者なのですか?」


 俺は特攻服の襟を正し、一言だけ返してやった。


「ただの通りすがりのヤンキーだ。……それよりあんた、化粧が落ちてんぞ」


 それが、俺とこの世界の「まともな住人」との、最悪で最高な出会いだった。


「ヤン……キー……? それは貴方の故郷の言葉ですか?」


 馬車の前で、ドレスの女——セラフィナと名乗ったその令嬢は、首を傾げていた。 無理もねぇ。この世界に「特攻服」も「ヤンキー」も存在しねぇんだろう。


「……まあ、騎士道精神の過激派みたいなもんだ。気にするな」


 適当に嘘を吐いて、俺は彼女の勧めに従い馬車に同乗することになった。 隣に座るセラフィナから、花のようないい香りがする。……チッ、落ち着かねぇ。


「それにしても、あのゴブリンの群れを視線だけで追い払うなんて……。赤城様は伝説の『覇王』の加護をお持ちなのですか?」


「加護だの何だの、そんな大層なもんじゃねぇよ。ただの『気合』だ」


 俺は窓の外を流れる異世界の景色を眺めながら、内心で舌を巻いていた。 さっきのステータス画面をもう一度確認する。


【タイマン特化:不退転】(一対一の状況で全ステータスが10倍になる)


 ……10倍って、そりゃあ豆腐を殴るような手応えになるわけだ。 しかも、一人称視点タイマンであれば、相手がどれほど巨大な化け物でもこの補正が乗るらしい。 集団戦は面倒だが、一匹ずつブチのめせば俺に敵はいねぇってことか。


「見えてきました。あちらが王都オルトギアスです」


 セラフィナが指差す先には、巨大な石壁に囲まれた街が広がっていた。 城門の前には長い行列。武装した兵士たちが、入城者の検問を行っている。


「おい、あの格好を見ろ……」

「妙な刺繍の入った黒い服……。魔導師か? それとも暗殺者か?」


 並んでいる連中がヒソヒソと俺を見てやがる。 だろうな。金糸で『唯一無二』『天上天下唯我独尊』と刺繍された学ランは、この世界じゃ目立ちすぎる。


「止まれ! 貴様、見慣れぬ格好だな。身分証を……」


 門番の兵士が槍を突き出してきた。 だが、馬車の窓からセラフィナが顔を出すと、兵士の顔面は一瞬で紙のように白くなった。


「……っ!? セ、セラフィナ王女殿下!? 失礼いたしました!」


 王女、だぁ? ただの金持ちかと思ったら、とんでもねぇ上玉じょうだまを拾っちまったらしい。


 門を通り抜け、活気溢れる大通りを進む。 セラフィナは「命の恩人を放っておけません」と、王宮直轄の高級宿へと俺を案内した。 一階は酒場になっており、昼間からガラの悪い武装した連中——『冒険者』ってやつらが騒いでいる。


「おいおい、なんだあのヒョロガリは?」


 奥のテーブルに座っていた、一際デカい大剣を背負った男が立ち上がった。 取り巻きの男たちがニヤニヤしながら俺を囲む。


「王女様に連れられてくるとは、良いご身分だな。……なぁ、兄ちゃん。その変な服、いくらで売れるんだ? 記念に置いてけよ」


 男の手が、俺の肩に置かれる。 瞬間、俺の頭の中で何かがブチ切れる音がした。


「……おい」


 俺は、ポケットに手を入れたまま、冷たく言い放つ。


「その汚ぇ手、今すぐ離さねぇと……根元からへし折るぞ」


「あぁん? Aランク冒険者であるこの俺に——」


 男が拳を振り上げた瞬間。 俺の【メンチ切:極】が無意識に発動する。


「ひっ……!?」


 男の動きが止まる。 奴の目には、今の俺が巨大な死神にでも見えているんだろう。 ガタガタと震え出した拳を、俺は左手で軽く掴み、そのまま握りつぶした。


「——ぐ、あああああっ!!?」


「Aランクだか何だか知らねぇが、格下の相手を囲んでカツアゲか? どこの世界も、腐った連中のやることは変わらねぇな」


 俺は男の胸ぐらを掴み、至近距離で顔を近づけた。


「いいか。二度と俺の前にツラ見せんじゃねぇ。次があったら……次は『事故』じゃ済まさねぇぞ」


 そのまま男を入り口まで放り投げると、奴は仲間とともに尻尾を巻いて逃げ出した。 静まり返る酒場。 呆気に取られるセラフィナを余所に、俺は空いている席にドカッと座った。


「……おい。ここ、水(冷や水)はあるか?」


 異世界に来て数時間。 どうやら俺の拳は、この世界でも十分に通用するらしい。


「……あー、ふわふわして落ち着かねぇ」


 翌朝、俺は王宮御用達の宿で目を覚ました。 シルクのシーツだか何だか知らねぇが、肌触りが良すぎて逆に寝付けなかった。俺には、コンクリートの硬さか、ボロアパートの薄い布団が丁度いい。


「赤城様、お目覚めですか?」


 部屋の扉がノックされ、セラフィナが入ってきた。 その後ろには、白銀の鎧を身に纏った、いかにも「真面目が服を着て歩いてます」みたいな顔をした男が立っている。


「私は王国騎士団・第一部隊長のクラウスと申す。昨夜、酒場でAランク冒険者を打ち倒したというのは貴殿か?」


 クラウスと名乗った男の視線は鋭い。 だが、その目は俺を「英雄」としてではなく、「怪しい不審者」として見てやがる。


「あぁん? どこの誰だか知らねぇが、絡んできたから焼きを入れただけだ。文句あんのか?」


 俺がベッドから起き上がり、肩を回すと、クラウスの眉がピクリと跳ねた。


「無礼な……! 殿下の恩人とはいえ、その態度は看過できん。貴殿が本当に魔王軍の刺客ではないというのなら、訓練場でその実力を検分させてもらおう」


「検分だぁ? ……いいぜ。要は『どっちが強いかハッキリさせようぜ』ってことだろ? 嫌いじゃねぇよ、その誘い」


 俺はニヤリと笑い、愛用の特攻服を羽織った。


 王立騎士団の訓練場。 そこには数百人の騎士が整列し、俺とクラウスの対峙を冷ややかな目で見守っていた。


「赤城様、無理はしないでください……! クラウス様は『金剛の騎士』と呼ばれる、王国でも五指に入る使い手なのです!」


 セラフィナが心配そうに声を上げるが、俺の耳には届かない。 今の俺の視界には、目の前の「敵」一人しか映っていない。


《 ユニークスキル『タイマン特化:不退転』が発動しました 》

《 全ステータスが 10 倍に上昇します 》


 ドクン、と心臓が跳ねる。 全身の血管を熱いマグマが駆け巡るような感覚。


「いくぞ、異邦人。我が秘剣、受けてみよ!」


 クラウスが腰の魔剣を抜く。 青い光を放つその刃が、目にも止まらぬ速さで俺の喉元へ突き出された。 「速い」……普通ならそう思うんだろう。


 だが、今の俺には、まるでスローモーション映像を見ているようにしか感じられない。


「型ばっかり綺麗でよぉ……」


 俺は半歩踏み出し、突き出された剣身を、素手で横から「パシィィィンッ!」と叩き落とした。


「なっ……!? 魔剣を、素手で……!?」


 驚愕に目を見開くクラウス。 そのガラ空きになった胴体に、俺は一切の容赦なく左拳を叩き込んだ。


「気合が足んねぇんだよ!!」


ドォォォォォンッ!!!


 腹部を強打されたクラウスの体が、鎧をひしゃげさせながら後方へと吹き飛ぶ。 石造りの壁を突き破り、土煙を上げてようやく止まった。


「……は、一撃……? 第一部隊長が、一撃で……!?」

「魔法も剣も使わずに、あの『金剛の鎧』を粉砕したのか……?」


 静まり返る訓練場。 俺は拳についた砂を払い、立ち尽くす騎士たちをぐるりと見回した。


「おい、次は何人だ? まとめて来てもいいぜ。……あぁ、悪い。俺、一対一タイマンじゃねぇと燃えないタチなんだわ」


 俺の言葉に、誰一人として動ける者はいない。 その時、俺の脳内に再び例の声が響いた。


《 称号『騎士殺し』を獲得しました 》

《 スキル【威圧:番長】が解放されました 》


「……番長、ね。悪くねぇ響きだ」


 俺は、意識を失って倒れているクラウスを見捨て、そのまま出口へと歩き出す。 どうやらこの世界、思っていた以上に「喧嘩」のし甲斐がありそうだ。


 騎士団長をワンパンで沈めた噂は、瞬く間に王都を駆け巡った。 「異界の覇王」「黒き衣の死神」……勝手に尾ひれがついて回るが、俺にはどうでもいい。 俺が欲しいのは豪華な食事でも名誉でもなく、ただ「自分を曲げずに済む場所」だけだ。


 だが、この世界は俺を放っておいてはくれなかった。


「赤城様! お願いです、お力をお貸しください!」


 数日後、セラフィナが血相を変えて俺の宿に飛び込んできた。 聞けば、王国の北を守る「絶壁の砦」に、数百年に一度の災厄——**『災龍さいりゅうアポカリプス』**が襲来したという。


「騎士団も、魔法師団も壊滅状態です……。このままでは、王国が……民が焼き尽くされてしまいます!」


「……おいおい、俺はボランティアじゃねぇんだぞ」


 俺は窓の外を眺め、鼻を鳴らす。 国が滅ぼうが、知ったことか。俺はただのヤンキーだ。正義の味方なんてガラじゃねぇ。


 だが、セラフィナは震える拳を握りしめ、涙を流しながら叫んだ。


「貴方は、あの時、猫を助けるために命を落としたのでしょう!? その優しい魂は、嘘なのですか!?」


「…………」


 痛いところを突きやがる。 俺は頭をガリガリと掻き、大きく溜息を吐いた。


「勘違いすんじゃねぇよ。俺は優しいんじゃねぇ。……ただ、デカいツラして弱者をいたぶる『不条理』が嫌いなだけだ」


 俺は特攻服の襟を立て、入り口へと歩き出す。


「そのトカゲ……どこの組のもんだか知らねぇが、挨拶なしに暴れてんなら、きっちり『教育』してやる必要があるな」


「赤城様……!」


「案内しろ。——イセカイの災厄だか何だか知らねぇが、俺のルールを叩き込んでやる」


 北の砦に辿り着いた時、そこは地獄だった。 城壁は崩れ、騎士たちは絶望に目を染めている。空を覆うのは、山ほども巨大な黒い龍。吐き出される炎が、大地を溶かしていた。


「……あれが災龍。生物の次元を超えた神の化け物……」


 セラフィナが腰を抜かす。 確かにデカい。生物というより、歩く自然災害だ。 だが、俺の心臓は怯えるどころか、かつてないほど激しく鳴り響いていた。


「あぁん? 神だか何だか知らねぇが、随分とお行儀が悪ぃじゃねぇか」


俺は一歩、また一歩と、龍の足元へと歩み寄る。


《 警告:個体差が大きすぎます。勝算は 0.01% 未満です 》


 脳内の無機質な声がうるさく響く。だが、俺はそれを一喝した。


「うるせぇ。……俺には、最強のスキルがあるだろうが」


《 ユニークスキル『タイマン特化:不退転』が発動しました 》

《 敵対個体を『1』と認識。全ステータスが 10 倍に上昇します 》


 さらに、俺は新しいスキルを無理やりこじ開ける。


「おい、トカゲ野郎! てめぇの相手は……この赤城龍平だ! 全員下がってろ、こいつは俺の『タイマン』だ!!」


《 スキル【威圧:番長】が発動しました 》

《 全周囲の恐怖心を無効化し、自身の闘争心を限界まで爆発させます 》


 龍が、初めて俺という「個」を認識した。 金色の瞳が俺を捉え、大気を震わせる咆哮を上げる。


「——吠えてんじゃねぇよ。まずは、挨拶だ!」


 俺は地面を蹴った。 音速を超え、衝撃波が砦を揺らす。 瞬時に龍の鼻先に肉薄した俺は、全身の魔力——いや、全魂の「気合」を右拳に凝縮させた。


「不条理を殴り殺す。それがヤンキーの生き様だッ!!!」


「オラァァァァァァッッ!!!!!」


ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!!


 王都で見せた一撃とは次元が違う、極光のような衝撃が爆発した。 龍の巨体がひしゃげ、数キロ先まで吹き飛んでいく。 空間そのものが悲鳴を上げ、龍の咆哮は絶叫へと変わり、やがて粒子となって消滅した。


 静寂が訪れる。 俺はゆっくりと着地し、肩で息をしながら、破れた特攻服の袖を捲り上げた。


「……ふぅ。……いい運動になったぜ」


「……倒した……? あの古の龍を、拳一つで……?」


 呆然とするセラフィナと騎士たち。 やがて、地を揺らすような歓声が巻き起こった。 「救世主!」「英雄!」「赤城様万歳!」


 だが、俺はその喧騒に背を向ける。


「……赤城様! どこへ行かれるのですか!? 貴方はこれから、この国の王として——」


「王だぁ? 冗談じゃねぇ。俺は群れるのが嫌いなんだよ」


 俺は振り返らずに手を振る。


「礼なら、あの時の猫にでも言ってやれ。……俺は、俺の自由を探しに行く。この広い異世界なら、まだ俺に喧嘩を売ってくる骨のある奴がいるはずだ」


 俺の目の前には、どこまでも続く地平線が広がっている。 魔法がある。魔物がいる。不条理が蔓延っている。 上等じゃねぇか。


 俺は、唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。


「——イセカイ上等。さあ、次はどいつだ?」


一匹狼の背中は、夕陽に照らされながら、未知なる荒野へと消えていった。


(完)

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