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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
夢幻の光跡
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8

 まだ朝靄の残る早暁、市場の広場にはすでに活気が満ちていた。


 木組みの屋台が列をなし、乾いた布を張った天幕が色とりどりに揺れる。

 威勢のいい物売りの声があちこちから響き、干した魚や焼き立ての麦餅、香辛料や干物の匂いが混じり合い、鼻をくすぐる。

 遠くから「前を開けて!」と少年の声が響き、荷車を押すその声は群衆の喧騒にかき消されそうになりながらも、道行く人々はわずかに身を避ける。


 行商の女は染め布を広げ、「今日はよい品が揃っておるよ」と笑顔で呼びかける。

 子供たちは親の裾を引っ張り、甘い菓子をねだりながら走り回る。

 犬や鶏の鳴き声、荷車の軋む音、小銭の触れ合う音が混ざり合い、広場はまるで生き物のように脈打っていた。


 小道には湿った土の匂いが漂い、石畳の隙間から小さな野草が芽を出す。

 足元で水滴を含んだ苔が光り、屋根から垂れた露が風に揺れて小さな音を立てる。

 路地の角では朝日に照らされて水滴が反射し、まるで小さな宝石の粒が散りばめられたかのように輝いていた。


 広場の端には川がゆるやかに流れ、早朝の霧が水面を淡く覆っていた。

 水面には川岸の柳が映り、葉先に溜まった露が陽光を受けて細かな光を反射する。

 川の向こうに見える木造の民家は、藁葺きの屋根から煙をゆっくりと立ち上らせ、生活の温もりを感じさせた。

 橋を渡る荷車の車輪が軋む音や、水面を撫でる風のさざめきが交じり、静と動のコントラストが市場の喧騒に深みを与えている。


 その群衆の中に、二人の旅人の姿があった。


 ひとりは背を少し丸め、着古した外套を羽織った男。

 髪は黒く、旅の埃にまみれて乱れ、顔立ちには長旅の疲れが滲んでいる。

 歩みは慎重で、まるで地面の一歩ごとを量るかのように足を置いていた。

 肩にかけた荷は重そうで、その影が姿をさらに沈ませているように見えた。


 もうひとりは女であった。

 彼女の髪は光を帯びる銀色で、朝の陽を受けるたびに細やかな輝きを散らす。

 その瞳は夜露を含む青のごとく静かで、喧騒に満ちた市場の中でも微かに異なる余韻を纏っていた。

 歩みは控えめで人の群れを乱すことはなく、しかし目を留めた者には忘れがたい印象を残す。


 二人は群衆の雑踏に紛れながらも、どこか市場の色合いから浮き立っていた。

 誰もが今日を生きる糧を求める中、彼らの眼差しには明日の旅路を見据える影が差していた。


 小道の石畳には濡れた跡が残り、足音が跳ねるたびに水滴が軽く散る。

 露に濡れた籠や屋台の布は朝の光に照らされて柔らかく輝き、周囲の匂いや音と相まって市場全体が生きているようだった。

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