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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
硝子の森の記憶蜜
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 モンドは、皿の上の黒い塊を指先で摘み上げた。

 それはもう、宝石のような輝きを持ってはいなかった。

 まるで火山の底から掘り出された黒曜石の(つぶて)のように、無骨で、(すす)けた色をしていた。


「ガリリ」


 躊躇なく奥歯で噛み砕く音が、硝子の森の静寂を不躾に破った。

 硬い。

 あまりに硬質で、まるで自分の骨が軋むようだった。


 口の中に広がったのは、舌が痺れるほどの強烈な「焦げた苦味」だった。

 それは、恥ずかしい失敗や、悔やんでも悔やみきれない別れといった、誰もが隠したがる過去の残滓ざんしの味に似ていた。

 顔をしかめたその直後、岩塩の鋭い塩気が波のように押し寄せ、最後にほんのりと、遠い記憶の甘さが残り香となって鼻腔をくすぐった。


「……けっ、にげえや。まるで説教を食わされてる気分だ」


 モンドは口元を袖で拭いながら、ニヤリと笑った。

 その瞳からは、先ほどまでの虚ろな陶酔は消え失せ、旅人特有の、次を見据える鋭い光が宿っていた。


「だが、悪くねえ。甘ったるいだけの夢より、よっぽど目が覚める。胃袋に『現実』って名の石炭を放り込まれたみたいに、身体が熱くなってきやがった」


 不思議なことに、モンドがキャラメリゼを飲み込んだのと同時に、周囲の硝子の木々が、ただの「物質」へと変わっていくのを感じた。

 魅惑的な輝きは失われていないが、そこに魂を吸い寄せる磁力はない。

 それはもはや、美しいだけの背景画(かきわり)であった。


「過去は、美化して眺めるものではなく、燃やして熱に変えるものですから」


 ゼフィは空になった鍋を丁寧に拭き清めながら、満足げに頷いた。

 彼女の背後で、硝子の枝葉の隙間から、本当の夜空が覗いている。

 そこには、人工的な幻燈ではなく、冷たく冴え渡る本物の星々が、シリウスもベテルギウスも、等しく瞬いていた。


「行くぞ、ゼフィ。こんなピカピカした森で立ち止まってちゃあ、ブーツが泣くらあ」


 モンドは、かつて硝子になりかけた足を、力強く地面に叩きつけた。

 ザクッ、ザクッ。

 水晶の砂を踏む音は、もはや繊細な楽器の音色ではなく、大地を征く重たい足音となっていた。


 二人は森の出口へと歩き出す。

 背後の木々から、また「パキン」と何かが折れる音がしたが、モンドは一度も振り返らなかった。

 彼の手記には今、こう記されている。


『硝子の森にて、過去を食らう。味は焦げた涙の如し。されど、その熱こそが旅の糧なり』


 森を抜けると、外は本当の夜明け前だった。

 東の空が、インクを水で溶いたような薄青色に染まり始めている。

 冷たい風が頬を打ち、二人の吐く息が白く流れた。


 その白い息は、蒸気機関車の煙のように力強く、新しい季節の方角へと棚引いていった。

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