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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
心を映す鏡果
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 瑠玻の里の青霧は、朝の光に溶けるように淡く揺れ、銀葉樹の梢はそよ風に微かにきらめいていた。

 村の広場には、収穫祭の準備が静かに進み、手入れの行き届いた石畳の道に、ほのかな香草の匂いが漂う。

 人々は互いに目を合わせ、言葉少なに準備を進める。

 村長イロハは、泉のほとりに佇み、濁りの残る鏡果を手に取った。

 その果実は、かつての嘘と罪を映すかのように、光を曇らせていた。


 モンドは足元に目を落とし、銀葉樹の葉が光を受けて揺れるさまを観察する。


「こりゃまた、面妖な代物だ」


 その声は、穏やかな朝の空気に軽く響く。

 ゼフィは静かに頷き、村長の視線の先を指さした。


「村長様の心の苦味は、まだ消えません。しかし、それを共に味わうことで、少しずつ和らぎます」


 二人は濁った鏡果を籠に集め、祭壇の横に置かれた小さな炉で煮始めた。

 火が果実の内部にまで温かく届くと、苦味はゆっくりと穏やかになり、透明感を取り戻していく。

 その様子を、村人たちは遠巻きに見守る。誰も声をかけず、しかし空気は確かに変わった。

 村長は初めて、誰の目も気にせずに果実を見つめた。

 小さな手が震えるのを感じ、息子の顔を思い浮かべる。


「これまで…ずっと、守ろうとしたのは間違いじゃなかったのかもしれぬな」


 低くも確かな声が、泉のほとりに柔らかく響いた。


 料理が完成し、〈澄灯の鏡果煮〉は湯気を立てながら、深い琥珀色に輝く。

 甘さと苦味が同居するその香りは、村人たちの胸に小さな波紋を起こす。

 モンドは一口味わい、箸を置いて小さく笑った。


「いやはや、味わい深いもんだ。苦味を隠さずに楽しむとは」


 ゼフィは穏やかに微笑み、村長の肩に手を置く。


「これで、村長様も森へ一歩踏み出せるでしょうか」


 イロハは静かに息子の手を握り、泉のほとりへと歩みを進めた。

 銀葉樹の葉が陽光を受けて煌めき、濁りを帯びた果実も徐々に澄んでいく。


「恥じる必要はないのだな。嘘も罪も、共に受け止めれば、光は戻る」


 心の奥底で、長年抱え続けた重みが少しずつ軽くなるのを感じる。


 村人たちは、祭壇の周囲に集まり、静かに料理を口にした。

 その味わいに、笑みがこぼれ、会話は控えめながらも柔らかく広がる。

 誰もが、自らの心に潜む小さな影を少しだけ忘れ、穏やかな時間を噛みしめた。

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