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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
心を映す鏡果
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 里の空気は、朝霧と共に静謐な重みを帯びていた。

 青灰色の石畳の上には、わずかに露が残り、足音を吸い込むように柔らかい。

 モンドとゼフィは、前夜の宿に荷を置き、里の奥へと歩を進めた。

 村人たちはいつも通りの生活を装いながらも、所々に緊張の色を滲ませている。

 それは、霧に包まれた森の存在と、近づく収穫祭への静かな不安が影響していた。


「ほほう、なるほどな……この里の空気は一味違うって話よ」


 モンドは小さく呟きながら、銀葉樹の並ぶ道を眺める。

 果実は朝露を受けて淡く光り、その光は微かにモンドの瞳にも反射した。

 ゼフィは静かに傍らに立ち、里人たちの様子を観察する。


「村長様の心の乱れが、皆に小さな波紋を広げているようで」


 その言葉には、優しさと慎重さが混じっていた。


 二人は、里の小さな市場に足を運ぶ。

 そこには、摘み取られた鏡果が小さな籠に並べられ、色とりどりに輝く。

 里人たちは互いに微笑み交わしながらも、手元を何度も確認する。

 透明な果実が多く見られる者は、心が澄んでいると評され、

 濁りや苦味の兆しが見える者は、里人の間でひそやかな噂となる。

 モンドは果実を手に取り、軽く指で触れてみる。

 その透明な肌に映るのは、自分自身の微かな影であり、心の色合いだった。


 やがて二人は、村長イロハの家の前に差し掛かる。

 戸口の前で立ち止まる村長は、背筋を伸ばしているものの、目の奥に迷いがある。


「おや……村長、顔色が冴えねぇ」


 モンドは皮肉混じりに小声で囁くが、ゼフィはそれを遮るように静かに指を触れず、

 視線だけで村長の表情を読み取ろうとした。

 村長は微かに笑みを浮かべるが、その笑顔の奥には小さな嘘が沈んでいる。

 それは、息子の病を隠すための、誰にも見せられぬ層の嘘だった。


 里の広場では、収穫祭の準備が進む。

 長老たちが竹で作られた台に鏡果を並べ、香草や花を添えて飾り付ける。


「果実はその年の心を映す……。正直な心であれば甘く、嘘を抱えれば苦味を帯びる」


 モンドは呟き、果実の透明な光を指先で追った。

 ゼフィは柔らかく頷き、静かに付け加える。


「ですから、村長様の心が揺れる限り、森へ足を踏み入れることは容易ではありません」


 二人は市場や道端で、小さな違和感を拾い集める。

 子供が無邪気に果実を口にする傍らで、母親の目はわずかに曇る。

 商人たちは笑顔を作るが、その手元の動きにはぎこちなさがある。

 全てが、村長の嘘と重なり合い、見えない緊張を生んでいることに気づく。


「なるほどな……森に近づけぬ理由ってのは、ただの戒律じゃねぇって事か」


 モンドは感慨深く呟き、手帳に筆を走らせる。

 銀葉樹の森が放つ光と影、その果実が映す人々の心、そして村長の小さな嘘の層。

 全てが交錯するこの里で、彼らはまだ触れぬ核心を探ろうとしていた。


 夕霧が立ち込め、森の輪郭が青灰色に染まる頃、モンドは果実を手に取り、深く考え込む。


「この鏡果ってやつ……人の心を映すだけじゃねぇ、隠れた痛みも映すんだな」


 ゼフィは静かに微笑み、彼を支えるように立つ。

 二人はまだ森の奥には踏み入らぬが、果実と人々の間に潜む真実の片鱗を、少しずつ紡ぎ始めていた。


 夜が深まり、里は静けさに包まれる。

 霧は建物の輪郭を曖昧にし、光を柔らかく反射させる。

 モンドは手帳に今日の観察を記す。

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