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瑠玻の里は、青い霧の壁に囲まれた小さな山間の集落である。
霧は朝と夕に濃く立ち込め、外界の光も音も柔らかく遮断される。
石積みの家々は青灰色に磨かれ、壁は微かに光を反射し、夜ともなれば静かに星色を映す。
空気は湿り、草木の匂いと土の香が混じり合う。
歩むほどに、里の中に漂う独特の緊張が、知らず知らず心に影を落とす。
「こりゃ、いったいどんな土地だって話よ……」
モンドは呟き、足元の小径を踏みしめた。
目の前には、銀葉樹が淡く光る森の入り口が見える。
その名を村人たちは、畏れ多くも「鏡果の森」と呼んでいた。
森の奥に広がる青葉の林は、風に揺れる葉の裏が光を弾き、まるで無数の鏡を抱えているかのようだ。
ゼフィは静かに横に立ち、目を細めて観察する。
「ここでは、心に嘘を抱く者は森に近づけぬそうです」
声は低く穏やかで、モンドの耳に滑らかに届く。
モンドは眉をひそめ、森を眺める。
「ほほう……嘘の有無で入れんとは、随分と厳しい風習だな」
里を進むと、人々の視線が時折二人を追った。
彼らは皆、鏡果を摘む準備に余念がなく、表情はどこか緊張している。
小さな子供が森の端で笑い、手にした鏡果を嬉しそうに見つめる。
果実は淡く透明に光り、風に揺れるたびに微かな甘い香りを放つ。
しかし、大人たちの瞳には不安が混じり、笑顔の裏に隠された苛立ちや恐怖が垣間見える。
「あの村長…… 様子が、ちとおかしいな」
モンドはゼフィに小声で囁く。
見るからに穏やかな里人たちの中で、村長イロハの目は泳ぎ、言葉を選ぶかのように途切れ途切れだ。
ゼフィは静かに頷き、手を差し伸べる。
「彼の心の奥底には、守りたい何かがあるのかもしれません」
モンドは肩をすくめる。
「守りたい、か。ならば余計に、好奇心が騒ぐって話だな」
二人は森の縁に立ち、銀葉樹の葉の光を眺めた。
鏡果は木々にちらほらと実り、透明な果実が朝の霧を受けて淡く輝く。
モンドは思わず息を呑み、手帳を取り出して雅語で綴る。
「瑠玻の里にて、霧の中に揺れる光と影を目にす。森に潜む果実は、心を映すといふ……実に面白き現象よ」
里を歩き回るうちに、二人は里人たちの微細な違和感に気付く。
子供を抱く母の手がふるえ、商人の笑顔がどこか硬い。
その違和感の先には、村長の小さな嘘の影が滲んでいるようだった。
モンドは皮肉屋らしく舌を鳴らしながらも、内心は好奇心で満たされる。
「さあて、どの程度この森が心を映すのか……確かめる価値はありそうだ」
霧が再び濃くなり、森と里の境が曖昧になる。
モンドは静かに歩を進め、ゼフィがその背中を守る。
果実の甘い香りと木漏れ日の煌めきが、心を少しずつ鎮める。
そして二人は、まだ何も知らぬ村人たちの生活と、鏡果が映す真実に触れるべく、里の奥へと踏み入るのだった。




