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水底の城に漂う藍稲の香気は、ゆるやかに、しかし確実に人々の心を和らげていった。
かつて深い後悔に閉ざされていた住人たちは、藍稲の光と香気に導かれるように集まり、互いの手を取り合う。
モンドは舟の上で穂を手に取り、香気の微細な変化を確かめながらも、次第に深い安堵を感じる。
「こりゃ……まさか、香気だけでここまで心が解けるとはな」
ゼフィは水面に映る光を見つめ、淡雪のような静かな笑みを湛える。
「人の心は、少しの導きと時間で解けるものなのですね。香気はその手助けとなりました」
台所跡の鍋には、藍稲と水底の食材が静かに調和し、かつての混沌は整えられた秩序を帯びる。
水中庭園に漂う光は澄み渡り、影は柔らかく揺れるだけで、恐怖や後悔の色は薄れていた。
モンドは手記を広げ、その光景を言葉に写す。
「水底の城、藍稲の香気は未だ過去を抱えつつも、心の迷いは確かに和らいだ。料理とは、人の心を映し、癒すものなのだな」
住人たちは藍稲の光を囲み、互いに過去の罪や迷いを語り、涙を流す。
それは決して悲嘆ではなく、心の荷を下ろす儀式のようであり、藍稲の香気が柔らかにその場を包み込む。
ゼフィは舟から静かに降り立ち、住人たちの動揺に寄り添う。
「皆さまの心が少しずつ軽くなっている……香気の力、そして皆さま自身の思いが結びついたのです」
モンドは舟に戻り、香気の微妙な変化を確認しながら言う。
「見てくれ、ゼフィ。人の心ってのは、ほんの小さな光でも照らせば、こんなにも穏やかになれるもんだな」
ゼフィは舟の側で微かに頷き、水面に映る光に手を翳す。
「料理は単なる食べ物ではなく、心を繋ぐ道具ともなるのですね。藍稲の香気がそれを証明しました」
やがて、水中庭園は穏やかな光に包まれ、藍稲の香気は静かに空間に溶け込む。
住人たちは互いに微笑み、手を取り合い、城の深淵に新しい安寧を築き始めた。
モンドは舟の上で手記を閉じ、深呼吸をする。
「藍稲の光はまだ弱くとも、人の心に届いた手応えがある。これこそ、旅の醍醐味ってもんよ」
ゼフィは舟の横に立ち、柔らかな水面に映る光を見つめる。
「小さな改善でも、確かに道は開かれます。料理と香気が結びつくことで、人の心に変化が生まれるのです」
二人は互いを見やり、深い呼吸とともに安堵の微笑みを交わす。
藍稲の光と香気は水底の城に安らぎを残し、未来に向けて静かに揺らめく。
夜が訪れ、水面に映る星のような光が城を包み込む。
モンドは手記に最後の言葉を綴る。
「水底の城にて、藍稲の香気と共に人の心は救われぬ過去を抱えつつも、希望の光を見出した。料理とは、ただ味わうためのものではなく、心を繋ぎ、浄化する力を秘めている。吾、これを忘れじ」
ゼフィは淡雪のような気配を漂わせながら、舟の上で静かに見守る。
過去の迷いが完全に消えたわけではないが、人々の心は確かに和解を見、希望の兆しを宿した。
二人は舟を進め、新たな旅路に思いを馳せる。
藍稲の香気は水底の城に残り、静かに未来を照らし続ける。




