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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
水底の藍稲
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水底の城に漂う藍稲の光景は、静謐を越え、次第に二人の心に重みを落とし始めた。

藍稲が揺れるたび、水面下に潜む過去の悔恨が微かに動き、穏やかさの中に緊張を孕む。

モンドは舟の上で息を詰め、稲穂に触れながらも、その香気が誘う記憶の奔流に少しずつ引き込まれる。


「こりゃ……ただの香りじゃねぇ、思いも寄らぬ重荷を呼び覚ますぜ」


ゼフィは水面下の稲穂を見据え、静かに舟の揺れを抑える。


「この香気……深く心を映し、触れずにはおれぬもののようです。調理だけではなく、理解と手入れが必要です」


藍稲の波間に浮かぶ古文書や器が、次第にその存在を主張し始める。

文字が水中で微かに波打ち、器の欠片は光を反射して不規則な影を作る。

その影は、かつて城に住んだ者たちの心の迷いを映し出すかのようであり、二人は視覚的にも精神的にも追い詰められていく。


「見ろよ、ゼフィ……あの器の影、まるで心が叫んでるみてぇだ」


ゼフィは慎重に舟を進めつつ、稲穂と器を見比べる。


「心の叫びと記憶の波紋が重なる場所……ここで、料理が人の心に届くか否か、試さねばなりません」


モンドは小舟の上で手記を広げ、藍稲と水底の影を文字に写し取ろうとするが、記憶の奔流は手記に収まりきらない。

稲穂の香気は、過去の迷いや罪を映す鏡のように、二人の心を試す。


「こんな重さ、俺一人じゃ持ちきれねぇ……でも、逃げるわけにもいかねぇな」


ゼフィは舟を静かに制し、モンドの肩に微かに触れる。


「共に進めば、心の重荷も少しは分かち合えるでしょう。稲の香気は、導きの手でもあるのです」


城の奥深く、水圧が増すにつれ、藍稲は光を濃くし、香気は濃密となる。

水中庭園の中心には、かつての台所と思しき広間があり、そこには水に浸った調理道具が散乱していた。

モンドは舟を停め、穂の光と道具の配置を観察する。


「どうやら、この香気は単なる記憶じゃねぇ……調理の順序、手順まで誘導してるように見えるぜ」


ゼフィは微かに頷き、舟から手を伸ばして藍稲に触れる。


「香気に導かれるように手を動かせば、料理の兆しもまた現れるのでしょう」


二人は初めて積極的に藍稲を摘み取り、水中で香気を確かめる。

モンドは指先に伝わる穂の柔らかさと冷たさに、過去の人々の迷いを感じ取る。


「味わえば……人の心の痛みがじわりと滲む感じだな」


ゼフィは穂を慎重に舟の上に置き、香気を深く吸い込む。


「少しずつ、記憶の重みを調理の力で和らげることができる……兆しが見えました」


だが、水中の重圧と藍稲の濃密な香気は、二人に小さな困難をもたらす。

モンドは舟の安定を保つために櫂を力強く握り、ゼフィは水流を読みながら穂を選別する。


「うぬぬ……水圧と香気のせいで、慎重に動かねぇと危ねぇぞ」


ゼフィは淡雪のような存在感を漂わせつつ、稲穂を舟に収める。


「慌てず、焦らず……香気に導かれる通りに動きましょう」


やがて、台所跡の中心に辿り着いた二人は、水底に沈む巨大な鍋を発見する。

鍋の中には、藍稲の一部と水面下に浮かぶ食材の残骸が交錯し、まるで未完成の料理のようであった。

モンドは鍋の縁に手をかけ、深く息を吸う。


「こいつは……未完成の料理、そして未整理の心ってわけか」


ゼフィは鍋の中に手を差し入れ、香気を確認する。


「香気はまだ混沌としている……ですが、方向性は見えてきました。ここで手を加えれば、小さな改善が生まれるはずです」


二人は手分けして、藍稲と水底の食材を慎重に整える。

モンドは舟の上から穂を摘み取り、香気を確認しながら鍋に投入する。

ゼフィは水中の食材を選び取り、鍋に重ね合わせる。


「これで……少しは秩序が生まれるかもしれねぇな」


「ええ、過去の迷いを少しずつ和らげる手助けとなるでしょう」


鍋に香気が充満するにつれ、藍稲の光は穏やかに揺らぎ、水中庭園の影も少しずつ整列し始める。

過去の罪や迷いは完全に消え去ったわけではないが、二人の手によって混沌は秩序を帯び、小さな救済の兆しを宿した。

モンドは手記にその様子を綴る。


「水底の城の秩序は、まだ完璧じゃねぇ……だが、光と香気を手に取ることで、人の心に届く手応えはあった」


ゼフィは舟の上で静かに微笑み、藍稲の光に手を翳す。


「小さな改善が生まれました。完全な救済ではなくとも、道は開かれたのです」


水中庭園の深淵に漂う藍稲の香気と光は、まだ救われぬ魂を抱えつつも、二人の心に小さな安心をもたらす。

城の静寂と藍稲の秩序は共鳴し、過去の悔恨が微かに緩む兆しを告げる。

モンドとゼフィは舟の上で呼吸を整え、水底の城に少しずつ変化をもたらした手応えを胸に、次なる行動の準備を整えた。

藍稲の波は、まだ知らぬ物語の中で、さらなる調理と救済の可能性を静かに示していた。

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