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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
水底の藍稲
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小舟は藍稲の波間を滑るように進み、水面に映る光の揺らめきは、まるで城内の静謐を予告するかのようであった。

モンドは櫂を緩やかに動かしながら、視線を水面下に潜ませ、苔むした門の輪郭を確かめる。


「こいつぁ……まだまだ底知れねぇ景色だ」


彼の声は湖面に反射して微かに震え、水中の藍稲の光に溶けて消えた。

ゼフィは静かに舟の縁に手をかけ、指先で水面の揺らぎを撫でる。


「稲の光景に映る記憶……この城はただ眠っているのではなく、心の迷いを抱えているようです」


彼女の声もまた、水の深みに吸い込まれるように消え入り、二人の存在は水面下の世界に溶けていった。


舟が城門の前に達すると、水流に絡む藍稲が穂を揺らし、淡く光を反射した。

その光景は、静かな告知のように二人の胸に迫る。

モンドは慎重に舟を進め、櫂を支点に軽く身をかがめ、門の下に差し掛かる。


「ここから先は……水に身を委ねるしかねぇな」


ゼフィは頷き、舟の揺れを確かめつつ、手を水に差し入れる。

稲の香気が水中に漂い、甘くほろ苦く、かつて城に住んだ人々の後悔や迷いの匂いを秘めているようであった。


二人は藍稲の波をかき分け、水面下の入り口へと進む。

水中庭園に潜む藍稲は、まるで生き物のように二人の行く手を優しく制しつつも導く。

モンドは舟の上からそっと稲穂に触れ、その冷たさとしなやかさに過去の記憶の重さを感じ取った。


「この稲……味わいの奥に、人の心の痛みが染み込んでるってか……」


ゼフィは小さく頷き、水中の光景を一瞥しながら、城内の異変を静かに観察する。


「香りの奥に、まだ救われぬ魂の気配が漂っています。料理で心を解きほぐす兆しが、どこかにあるはずです」


城内に入ると、水に浸った古文書や欠けた器が散乱し、藍稲の光に淡く照らされる。

文書には王族や臣下、民衆の悔恨が記され、器にはかつての食卓の形跡が残る。

二人は慎重に進みながら、稲の香気と文書の文字に導かれるように歩を進める。

モンドは手記を取り出し、淡く揺れる稲穂の光を追いながら書き留める。


「藍稲の香り……これはただの香気じゃねぇ。人の罪や後悔を、そっと和らげる力がある気がするぜ」


ゼフィは微かに微笑み、舟の揺れを抑えつつ指先を水に浸す。


「この香気に導かれ、少しずつでも心の迷いが緩むのでしょう……」


やがて二人は、水中庭園の中央に広がる深い藍色の水域に差し掛かる。

そこにはかつての城の庭園がそのまま残り、藍稲が穂を揺らして水の底に波紋を広げる。

穂の一つ一つが光を帯び、かつて城に住んだ者たちの悔恨と迷いを映すようであった。

モンドは舟の上で深く息を吸い込み、手記に綴る。


「水底の城の庭……藍稲が抱えた記憶と、過去の人々の心が溶け合う景色だ」


ゼフィは穂の間を見つめ、淡雪のような存在感を漂わせながら、城内の異変を静かに探る。


「料理の兆しは、まだ小さくも確かに存在しています。心の奥底に響く何かを、藍稲が導いているのです」


城内を進むにつれ、藍稲の香気はより濃く、甘くほろ苦い芳香に変化する。

その香気は水面下でも微かに揺らぎ、人々の後悔や罪の重さを静かに溶かすように漂った。

モンドは舟の上から、藍稲の穂に触れ、水中に広がる光景を観察する。


「こりゃ……料理に使えば、人の心をほぐす調味料になるかもしれねぇな」


ゼフィは頷き、静かに水面下の稲の先端を指先で撫でる。


「まずは、食材として理解し、記憶を読み取ること……それが最初の一歩となるでしょう」


水中庭園の奥には、かつての城の台所跡と思しき場所が現れる。

石造りの調理台や欠けた器、そして水底で静かに光を放つ藍稲が、かつてここで営まれた食の営みを語る。

モンドは手記にその様子を綴り、ゼフィと目を合わせる。


「ここまでくりゃ、何かの形で人の心に触れられるかもな」


ゼフィは淡く微笑み、藍稲の光に手を翳す。


「まだ調理は始められませんが、香気と光は確かに、救いの兆しを宿しています」


二人は水面下の城内を慎重に探索しつつ、藍稲の香気を頼りに進む。

稲穂が揺れるたび、過去の罪や後悔が微かに和らぎ、城の静寂に小さな波紋が広がる。

モンドは手記を閉じ、深く息をつく。


「この藍稲……ただの食材じゃねぇ、心を動かす何かを秘めてるぜ」


ゼフィは静かに舟の縁に手を置き、微かに頷く。


「理解を重ねることで、次第に料理が心を解きほぐす力になる……その道筋が見えてきました」


水中庭園の深淵に漂う藍稲の光と香気は、まだ救われぬ魂を抱えつつも、二人の心に小さな希望を灯していた。

城の静謐と藍稲の香気が共鳴し、過去の悔恨や迷いが少しずつ緩む兆しを告げる。

モンドとゼフィは舟の上で呼吸を整え、城内の探索を続ける決意を固めた。

藍稲の海は、まだ知らぬ物語の序章を揺らめかせ、過去と救済の狭間にある幻想の香りを二人に届け続けていた。

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