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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
恋文になる菓子
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 深い森の香気が消え入り、空気は静謐に満ちていた。

 柔らかな夕陽が樹間を縫うように差し込み、影を細く長く伸ばす。

 モンドとゼフィは、長き旅の果てにこの村の広場に立ち、足元の小石を踏みしめた。

 人々の表情には疲労が見えるが、どこか安堵の光も宿っていた。


 村の中央に設けられた大きな鍋には、先刻から煮込まれたスープが湯気を立てていた。

 そこには森の恵みである根菜や茸、村人たちが手ずから摘んだ薬草が折り重なっている。

 香りは甘くもあり、ほのかに苦みを帯びて、心の奥底に染み渡るようだった。


 ゼフィはそっと鍋のそばに立ち、村人たちの様子を観察する。


「皆さん、少しずつ表情が柔らかくなっていますね」


 モンドは頷き、手記を取り出して雅語で記す。


「此度の地にて、人の心に変化を齎すものは、ただの食にあらず。調理せしもの、その過程にて秘められし心が、浄化されるなり」


 やがて鍋から取り出された料理は、個々の皿に分けられた。

 蒸気が湯気となって立ち昇り、色彩は夕陽に溶ける金色と朱色を帯びる。

 村人たちは互いに差し出された皿を手に取り、視線を交わす。

 そこにはかつての疑念や不安を取り去るような静かな理解があった。


 ある老人は深く息をつき、手を合わせて微笑む。


「これは…ただの食ではない。長き間、我らの心を縛りしものが、解かれる気がする」


 若き母は赤子を抱き、隣の子供にそっと料理を差し出す。

 その仕草は、互いの信頼を再確認する儀式のように見えた。


 モンドは鍋の周囲を回りながら、村人たちの変化を目に焼き付ける。

 ゼフィは静かに傍に立ち、誰一人として恐怖や疑念に押し潰されぬよう見守る。

 小さな皿の中に込められた味わいが、互いの距離を縮め、会話を生み、心に安寧を与えていた。


 夜が訪れ、満天の星が森を照らすころ、村の広場は静かな宴の余韻に包まれていた。

 火の粉が舞う焚火の周囲には、まだ微笑む人々の輪が広がり、穏やかな時間が流れる。

 モンドは深呼吸し、手記に続ける。


「料理とは単なる口腹を満たすものにあらず。人の心に潜む影を映し、照らし、和解せしむるものなり。

 今日、この地にて目にせし光景、我が旅路にて忘れじ刻なり」


 ゼフィは静かに微笑み、夕風に吹かれる髪を抑える。


「私たちもまた、旅の中で何かを学びました」


 モンドは小さく頷き、筆を置く。

 風に混じる森の香りと、夕陽に溶ける湯気の残影が、彼らの胸に深く刻まれた。


 こうして一つの物語は幕を閉じる。

 だが料理と人々の心が紡ぐ連鎖は、静かに次の朝を待ち望むように、森の奥深くに息づいていた。

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