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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
恋文になる菓子
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 朝靄に包まれた小路を、モンドはゆったりと歩を進めた。

 淡い陽光が石畳に反射し、通りの両脇に並ぶ小さな菓子屋の木製の看板が、柔らかく揺れている。

 通りを漂う香りは、砂糖と蜂蜜、そして微かに煮詰めた果実の甘さが入り混じり、足を止めざるを得ぬほどに誘う。

 モンドは袖口で鼻を拭い、少しだけ口角を緩めながら、呟いた。


「いやぁ、こりゃ参ったな。甘味の海に足を踏み入れちまったぜ」。


 彼の隣にはゼフィが静かに歩み、薄紫色のマントの裾を軽く持ち上げて、段差に足を掛ける。

 淡雪のような気配を宿す彼女の存在は、町の喧騒に溶け込むことなく、しかし静かに周囲の視線を受け止めていた。

 モンドの言葉には小さな笑みで応じ、穏やかに小声で「この通りには、古くから“心を伝える菓子”を作る習わしがあるようです」と告げる。


 町の中心広場には、色とりどりの小さな屋台が並ぶ。

 どの屋台にも、手のひらに収まる小さな菓子が並び、その一つひとつに微細な装飾が施されている。

 ある屋台の主人は、粉砂糖を振るう指先にまで気を配り、丁寧にハート型の小菓子を並べていた。

 その光景は、まるで生きた宝石箱のように輝いている。

 モンドは手を止め、周囲を観察した。人々の表情はおのずと柔らかく、互いに笑顔を交わす瞬間に、食が持つ力の一端を垣間見ることができた。


 ゼフィは細やかに品定めを始める。

 小さな籠を持ち、どの菓子がこの町の歴史や人々の思いを象徴するかを探すように、指先で触れ、匂いを嗅ぐ。

 その所作は慎重であり、まるで菓子の奥に潜む秘密や、人の心を映す鏡を読み解くかのようであった。モンドは彼女の横顔を見やりながら、手記に記すべく心中で言葉を整える。


「本日拙者、此の町にて甘き香りに誘われ、未知なる心の形を目撃す」


 と、筆致を思い浮かべた。


 通りの片隅にある小さな店先には、古びた木箱に詰められた「恋文菓子」の文字が記されていた。

 その店主は年かさの女性で、柔らかな微笑を浮かべながら、訪れる人々に菓子を手渡している。

 話を聞くと、この町では長年、言葉にできぬ想いを小さな菓子に託して贈る風習があるという。

 砂糖と香料、果実の果汁に少しの魔法めいた技術を加え、相手の心にそっと届く形に仕上げるのだという。


 モンドは眉をひそめ、しかし興味深げに屋台の列を見つめる。


「なるほどな、こりゃただの菓子じゃねぇ。想いを渡す手段か。酒よりも甘く、刃よりも鋭く、心を刺すもんだな」


 と、思わず呟いた。

 ゼフィは微かに笑い、籠に一つの菓子をそっと入れる。

 その菓子は、透明感のある琥珀色に輝き、まるで封じ込められた光の粒のようであった。

 モンドはその輝きを見つめ、手記に記す言葉を探す。


「かくて人の思いは、形あるものにて伝わることを、此処にて知りたり」と。


 広場を歩きながら、二人は町の空気に溶け込む。

 それぞれの菓子が人々の心をつなぐ小さな橋となり、過去の恋や微かな後悔、秘めた思いを柔らかく包み込む。

 モンドは手記に細やかに書き留め、ゼフィは町人の会話に耳を傾け、どの菓子がどの心に届くのかを観察する。

 小路の隅、花の咲く窓辺、石畳の道の曲がり角、それぞれに小さな物語が息づいているのを二人は感じた。


 町の外れにある静かな広場では、まだ誰も手に取らぬ白い菓子がひとつ、朝露に濡れて光を反射していた。

 モンドは立ち止まり、ゼフィに小声で問う。


「この菓子にも、誰かの秘めた想いがあるって話か?」 


 ゼフィは軽く頷き、籠の中の一つひとつが持つ物語の奥深さを、言葉少なに伝えた。

 二人の旅は、この町で始まったばかりであり、恋文菓子の小さな世界が、これから紡がれる物語の序章となることを、誰もまだ知らなかった。

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