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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
星屑の塩
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52

夜も更け、湖畔の広場に静寂が満ちる頃、老人はゆったりと杖を掲げた。

先端に取り付けられた小さな網は、微かな揺れを伴い、空の光をすくい取るかのように震えた。


その一振りごとに、網は淡く輝き、かすかな音を立てて夜の空気を揺らす。

村人たちはじっと座し、息をひそめて見守る。

焚火の揺らぎや淡い光は、静かな湖面の波に揺らめき、銀の筋を描く。


モンドは背筋を伸ばし、視線を細かく巡らせる。

杖の動き、網の角度、そして塩に変わる光の粒の落ち方に目を凝らす。

ゼフィは傍らに立ち、声を抑えて小さく囁いた。


「粒が落ちるたびに、色が微妙に変わりますね」


モンドは微かに笑み、手帳に軽く目を落とす。


「光の落ち方も、料理の味付けのようなものだ。見事に調和してやがる」


皿に集められた小さな塩の粒は、宝石のように淡く光を帯びていた。

村人たちは手に取り、そっと撫でるように扱う。

その仕草は、夜の静寂にそっと寄り添う祈りのようでもあった。


近くの土鍋では、具材がじんわりと火に温められている。

玉ねぎや根菜の甘みが立ち上り、煮込み肉の脂がほのかに香る。

乾燥ハーブの鋭い香りが混じり合い、空気の中で微かな緊張感を作る。

鍋の湯気はふわりと漂い、夜の冷気に溶けて消えていく。

モンドは蓋の隙間から立ち上る香りを吸い込み、微笑を浮かべた。


「匂いだけでも、心が軽くなるようだ」


ゼフィは頷き、手元や村人の所作をそっと見守る。


「皆さんの動き、見事に整っていますね」


村人たちは塩を振る際、ひとつひとつの粒を丁寧に扱う。

鍋の中で塩が溶けると、湯気に混ざる光がまるで小さな星雲のように漂う。

口に運ぶ者の表情は瞬時に変化した。

幼い子供は瞳を見開き、初めて見る煌めきに息をのみ、

老人は遠い日の記憶に触れ、静かに頬を湿らせる。


モンドは手元のメモに、一つひとつの表情、手の動き、微かな呼吸の変化を記録する。

ゼフィは傍らで静かに観察し、過剰な説明は控え、微かな頷きだけで共感を示す。


「塩ひとつで、心の奥がよくも動く」


モンドは夜の広場を見渡し、焚火と光の揺れに目をやる。


「こういうのは、言葉よりも確かな証拠になる」


人々の動き、微かな息づかい、夜の空気に混じる香り。

全てが複雑に重なり、静かに夜の物語を紡ぐ。

儀式が進むにつれ、光の粒は村全体に柔らかく広がり、

村人たちは互いに微笑みながら小さな奇跡を味わう。


モンドは視線をゼフィに向け、短く頷く。

言葉はなくとも、二人は同じ夜の記録を心に刻んでいた。

光、香り、湯気、そして人々の心の動き。

それらすべてが、旅の手記に深い章を刻むことになるのであった。

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