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山間の谷を縫うようにして旅を続ける二人、モンドとゼフィは、星々が手の届きそうなほど低く輝く小さな村にたどり着いた。
三十代後半の旅人、少し疲れた中年の男性は、長旅で硬くなった背中を伸ばし、湿った夜風を胸いっぱいに吸い込む。
横に控えるゼフィは、静かに風の匂いを嗅ぎながらも、彼の様子を細やかに観察していた。
村の入り口に敷かれた古びた石畳は苔むしており、木造の小屋が点在する。
夜霧が低く漂い、干草の香りが微かに鼻腔をくすぐる。
小川が縁を流れ、月明かりにきらめく水面は、まるで空の星を映した鏡のようであった。
草の葉や木々は夜風に揺れ、わずかな音を立てる。
村全体が息をひそめ、生き物のように揺れていた。
村人たちは広場や家々で焚火を囲み、夜空を仰ぎながら話していた。
聞けば、この地には「星屑の塩」を採る古の儀式があるという。
遠くの森や湖で夜空の光をすくい取り、塩に変えるのだと。
村人たちは目を輝かせ、その神秘を口々に語る。
その話に、旅の皮肉屋であるモンドも、ほんのわずかではあるが心を和ませられた。
夜が深まるにつれて、村の家々の台所から香ばしい匂いが漂い始める。
土鍋で煮込まれる野菜や保存食、鉄瓶で沸かされる水の香りは、旅人の胃袋を刺激する。
ゼフィは横で、香りの漂う方向や火の揺れに目を凝らしながら、村人の動きを注意深く追った。
モンドは腰を落とし、足元の石畳の冷たさや湿気を確かめつつ、周囲の光景を観察する。
村人たちが食卓に集まる。
木製の膳や竹皿に、干した果物や保存肉が並ぶ。
火にかけられた鍋からは湯気が立ち上る。
焚火の揺らぎが壁や人の顔に影を落とし、会話の中に笑い声や驚きの声が混じる。
その様子を、モンドは一つひとつ目に焼き付けるかのように眺めた。
ゼフィは控えめに傍らで微笑み、彼の視線が捉える細部に気を配る。
老人の一人が儀式の詳細を語る。
湖のほとりで夜空の星をすくい上げ、淡い光を塩に変える。
その塩を用いた料理は、口にした者の心に忘れ得ぬ印象を残すという。
子供の頃の思い出や遠く離れた家族の顔、果たせなかった約束すべてが、料理の味に宿るのだと。
ゼフィは耳を澄ませ、モンドにささやいた。
「儀式は夜半に行われるそうです。見学は可能かもしれません」
火の揺らめき、台所の香り、夜風の音、星空の光。
それらすべてが、この夜における観察対象となる。
モンドは目に映るものを一つひとつ、手記に収めるつもりであった。
ゼフィの静かな存在は、彼の観察眼をより鋭くし、細部への気づきを促す。
夜が更けるにつれて、村人たちは小話や思い出話を交わし、笑い声や時折の涙が混じる。
そのひとつひとつが、夜霧に溶け込み、村全体を柔らかな光と影で包み込む。
モンドは、火の揺れ、台所の香り、夜風の匂い、星空の輝き、そして村人の表情を、まるで掌に収めるかのように観察し続けた。
星明かりに照らされた石畳や木造の家々、揺れる影。
モンドとゼフィは互いに短く頷き、旅の道中にあってこの村の夜こそ、最上の贅沢であると感じた。
星屑の塩を巡る小さな伝承、そして日々の営みの静かな奇跡。
すべてが、彼らの心にそっと刻まれるのであった。




