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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
影を縫う裁縫師
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 朝の霧の名残が、まだ畑の端に漂い、鳥の声が遠くでかすかに響く。

 影たちはすでに散り、野を渡る風だけが残っていた。


 モンドとゼフィは、老女の家の裏手にいた。

 軒下の丸太には、糸車と針が静かに置かれている。

 そこに老女の姿はなかった。

 だが、糸車にはまだ微かな温もりが残り、

 針先には白い糸が一本、かすかに揺れていた。

 モンドはそれを見つめながら、やがてゆっくりと息を吐き、呟く。


「……結びきれなかったもんを、最後まで縫っていったのかね」


 その言葉に応えるように、風が糸を揺らした。

 針先が朝の光を受け、ひとすじの輝きを返す。

 ゼフィはそっと手を伸ばし、その光に触れる。

 けれど、指先が届く前に、糸はふっとほどけ、霧のように空気へと消えていった。

 モンドはその様を見て、小さく笑った。


「……影も人も、大して変わらねぇな」


 ゼフィはその横顔を見上げ、かすかに微笑んだ。

 朝の光が、二人の影をそっと結び合わせる。

 どちらが人で、どちらが影か――もう、見分けはつかない。


 針と糸だけが、静かにそこに残った。

 それは、老女が最後に縫い止めた“朝の一瞬”のようだった。

 風が止む。

 光の粒が針先を撫で、きらりと弾けて消える。

 その一閃が、「終わり」と「はじまり」を同時に告げたように、

 村の静寂へと溶けていった。

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