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明くる朝、障子越しの光が畳に淡い影を落とし、静けさの中に一日の始まりを告げていた。
女将はいつも通りの所作で膳を運び入れ、湯気を立てる味噌汁や、香ばしく焼かれた魚を静かに置く。
「お待たせいたしました」
柔らかく微笑む女将の顔には、几帳面さと、この宿に根付いた静かな時の流れが映っていた。
箸を手にしたモンドは、ふと女将の言葉に耳をとめる。
「今朝も、白は水揚げされなかったそうで」
彼は動きを止め、額に指先を当てたまま、湯気の向こうをぼんやりと見つめた。
「……昔はどうだったんだろうな」
その声は独り言のように小さく、どこか寂しげだった。
女将は膳の向こうで手を合わせ、少し遠い目をした。
「そうですね……私が働き始めた頃は、白ひげナマズも赤ナマズも、仕入れに困ることなど一度もありませんでした」
言葉は静かに途切れ、部屋には朝の静けさと味噌汁の湯気だけが残った。
ゼフィは背筋を正し、手を組んで女将の言葉を噛みしめるように黙していたが、やがてそっと口を開いた。
「よろしければ、その辺りの歴史に詳しい方に、お心当たりはございますか」
女将は小さく頷き、目を細めて微笑んだ。
「この村の催事を取りまとめる宮司様であれば、昔のことも詳しくご存じでしょう」
二人は深く礼をして、宿を後にした。
社務所の前に立つと、木組みの柱や瓦屋根が朝の光を柔らかく映し返している。
縁側の杉板は露を含み、薄く光沢を帯びていた。
足元の苔むす石畳はしっとりと濡れ、庭先の小さな池では水面に揺れる水明花が光を散らしている。
小鳥の声と、樹々を渡る風のざわめきが静けさに溶け込み、社務所全体を包む空気は凛として穏やかだった。
二人が木戸を叩いてみたが、しばし返事はなかった。
耳を澄ませると、庭の方から竹箒の音が聞こえてくる。
回り込むと、朝日に照らされた砂利の庭で、一人の宮司が背を丸め、黙々と掃き清めていた。
白衣に淡く埃が舞い、竹箒の先が小石を転がすたび、乾いた音が澄んだ空気に響く。
モンドは歩みを整え、静かに声をかけた。
「突然押しかけてしまい、申し訳ございません」
宮司は箒を止め、ゆるやかに振り返る。
その顔に浮かんだ笑みは柔らかく、手を軽く振って見せた。
「いやいや、わざわざ来てくださったのであれば、何よりのことです」
ゼフィは一歩進み出て、穏やかに微笑んだ。
「この辺りの昔の水揚げや、白ひげナマズの様子について、お聞かせ願えればと思いまして」
宮司の目が僅かに細まり、嬉しそうに頷いた。
「それはそれは。こうして若い方が興味を持って尋ねに来てくださるのは、むしろ喜ばしいことです。立ち話も何です、どうぞ中へ」
宮司に導かれ、二人は社務所の縁側へと上がった。




