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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
水面のスープ
44/70

44

 夕暮れの道は長く、乾いた砂と小石が交じり合う地面が果てしなく続いていた。

 モンドとゼフィは、旅の足取りを緩めながら、その道を進む。

 遠くに見えるのは、かつて水をたたえていた湖の輪郭だけ。

 今はほとんど干上がり、泥と草が顔を出している。

 風が砂を巻き上げ、乾いた草の匂いを運ぶたび、道は淡いざわめきで満たされる。

 ふたりの背は自然と丸まり、地面の凹凸に注意を払いながら、ひと歩きひと歩き湖へと近づいていった。


 道の曲がり角を越えると、干上がった湖の向こうに、かすかな人影が見えた。

 老人のようだ。

 ひとり、簡素な焚き火を囲み、鍋を火にかけている。

 炎はゆらゆらと揺れ、干上がった湖面に反射して、まるで湖の底が光を宿したかのように見える。

 遠くからでも、老人の所作は静かで、どこか神秘的な気配を放っていた。


 モンドとゼフィは自然に足を止め、息をひそめる。

 声をかけるでもなく、ただその存在に引き寄せられるかのように立ち尽くす。

 鍋に水を注ぎ、干草のような香草をそっと加える老人の指先は、軽やかでありながら、まるで時間を丁寧に紡ぐかのように慎ましい。

 夕暮れの光が湖面に映る茜色を照らし、湯気が立ち上ると、空と湖と焚き火の炎が柔らかく溶け合った。


 湯気は風に乗ってふわりと漂い、二人の頬をかすめる。

 その香りは湖の湿った匂いと干し草の香ばしさ、そして焚き火のほのかな焦げた匂いを重ね合わせ、奇妙な静寂の中でひとつに溶けていった。

 モンドは思わず一歩前に出そうになるが、ゼフィがそっと手を置き、自然とその場に立ち止まる。

 二人の視線は、老人の所作と立ち上る湯気の絡み、湖に映る空の色を行き交った。


 やがて、老人は鍋の中をかき混ぜながら、静かに呟いた。


「この味の時間は、もうすぐ終わる」


 その声はかすかに湖畔の風に溶け込み、空と泥と草の匂いの間にふわりと漂った。

 モンドもゼフィも、すぐにはその意味を理解できない。

 ただ、目の前の光景と音と匂いのすべてが、不思議な緊張感を生み出しているのを感じる。

 干上がった湖の底が現す泥色、夕焼けの茜色、揺れる焚き火の光――それらが湯気とともに混ざり合い、目の前の空間全体を神秘的な彩りで包んでいた。


 二人は自然に火のそばに近づく。

 味わうことを意識する前に、空気、光、匂い、そして老人の存在すべてが、時間の流れを静かに知らせる。

 湯気の流れはまるで液体の絵のようにゆらぎ、湖面に映る茜色の空もまた柔らかく揺れていた。

 その景色が、まるで一瞬の永遠を閉じ込めたかのように、二人を静かに引き込んでいく。


 夕陽はさらに赤みを帯び、湖の奥に沈みかけている。

 風が柔らかく頬をなで、湯気は空気中で淡く広がる。

 モンドもゼフィも、まだ味わうことはしていない。

 ただ、この瞬間が何か特別なものだと、言葉にならない確かさで感じ取っていた。

 干上がった湖、茜色の空、揺れる湯気と炎、そして老人の静かな所作。

 それらすべてが一体となり、目の前に広がる光景を美しく、そして静謐に染め上げていた。

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