表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
偶発の香り、静寂の夜
43/70

43

 夜の深みが増すころ、草原にわずかな動きが戻る。

 風に揺れる草の間を、野ウサギが駆け抜け、小鳥が枝陰から羽音を立てて飛び立った。

 その小さな音に、闇に潜んでいた気配が瞬間的に反応する。

 シロが短く唸り、モンドとゼフィは反射的に周囲へ視線を走らせた。

 しかし、気配はやがて小動物たちの方へ移り、緊張はゆっくりとほどけていく。


 鍋の中では、肉がすっかり柔らかく煮え、香りは穏やかに漂っている。

 モンドは匙を取り、一口味わって息を吐いた。


「……まさか、こんな味になるとはな」


 火に照らされた顔が、わずかに緩む。

 ゼフィも頷き、静かに笑った。


「激しかった匂いは消えて、肉本来の旨みが際立っています」


 口に入れると、濃厚な旨味が舌の上に広がり、余韻が喉を温かく満たす。

 鼻を抜ける香りは、落ち着きと心地よさを伴って、二人の緊張を溶かしていく。


「この香り、覚えておきましょう。きっと次にも使える」


 言葉の端に、安堵と誇らしさが滲む。


 焚き火の火は丸く縮み、赤い残り火だけがかすかに揺れている。

 風が草を渡り、微かな灰を空に運ぶ。

 遠ざかる気配の代わりに、虫の声がゆっくりと戻ってきた。

 二人は鍋を挟み、言葉もなく夜空を見上げる。

 雲の切れ間に星が瞬き、世界はようやく呼吸を取り戻していた。


「……やっぱり、ミュリスを扱うときは気をつけた方がいいかもしれないな」


 モンドがぽつりと呟く。

 ゼフィは小さく頷き、焚き火の残り火を見つめながら答えた。


「次に使うときは、もっと注意するとしましょう。荷物の奥にしまい込むには惜しいです」


 シロが丸くなって横たわり、鼻先を前足に埋める。

 風が草を撫で、焚き火の香りとミュリスの残り香が夜気に溶けた。

 草原には再び、穏やかな静寂が広がる。


「一夜の食卓」はそうして終わり、闇の奥で、次の物語の種が静かに息づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ