43
夜の深みが増すころ、草原にわずかな動きが戻る。
風に揺れる草の間を、野ウサギが駆け抜け、小鳥が枝陰から羽音を立てて飛び立った。
その小さな音に、闇に潜んでいた気配が瞬間的に反応する。
シロが短く唸り、モンドとゼフィは反射的に周囲へ視線を走らせた。
しかし、気配はやがて小動物たちの方へ移り、緊張はゆっくりとほどけていく。
鍋の中では、肉がすっかり柔らかく煮え、香りは穏やかに漂っている。
モンドは匙を取り、一口味わって息を吐いた。
「……まさか、こんな味になるとはな」
火に照らされた顔が、わずかに緩む。
ゼフィも頷き、静かに笑った。
「激しかった匂いは消えて、肉本来の旨みが際立っています」
口に入れると、濃厚な旨味が舌の上に広がり、余韻が喉を温かく満たす。
鼻を抜ける香りは、落ち着きと心地よさを伴って、二人の緊張を溶かしていく。
「この香り、覚えておきましょう。きっと次にも使える」
言葉の端に、安堵と誇らしさが滲む。
焚き火の火は丸く縮み、赤い残り火だけがかすかに揺れている。
風が草を渡り、微かな灰を空に運ぶ。
遠ざかる気配の代わりに、虫の声がゆっくりと戻ってきた。
二人は鍋を挟み、言葉もなく夜空を見上げる。
雲の切れ間に星が瞬き、世界はようやく呼吸を取り戻していた。
「……やっぱり、ミュリスを扱うときは気をつけた方がいいかもしれないな」
モンドがぽつりと呟く。
ゼフィは小さく頷き、焚き火の残り火を見つめながら答えた。
「次に使うときは、もっと注意するとしましょう。荷物の奥にしまい込むには惜しいです」
シロが丸くなって横たわり、鼻先を前足に埋める。
風が草を撫で、焚き火の香りとミュリスの残り香が夜気に溶けた。
草原には再び、穏やかな静寂が広がる。
「一夜の食卓」はそうして終わり、闇の奥で、次の物語の種が静かに息づいていた。




