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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
月光に揺れる魚影
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4

 昼下がり、料理屋で赤ナマズの余韻を胸に刻んだ二人は、穏やかな川沿いの道を歩き始めた。

 昼の光が葦や草花を透かし、水面に淡く揺れる影を落としている。

 川の流れは徐々に緩やかになり、浅瀬を越えると、水は滞留して鏡のような平らな沼を形作っていた。


 二人の視線は自然と水面に浮かぶ淡い色彩の花々に引き寄せられる。

 薄紫や白の花弁は、昼下がりの陽光を受けて柔らかく輝き、澄んだ水の中でゆらゆらと揺れる。

 水面には葦や草花が映り込み、光と影が交錯して静かな模様を描く。

 モンドは思わず足を止め、息を整えるようにしてその光景を見つめた。


「いやあ、こりゃまた見事なもんだな」


 ぽつりと呟くモンドに、ゼフィは微笑みを返しつつ視線を巡らせる。


 そっと近くの村人に声をかけたゼフィが、柔らかい声で尋ねる。


「失礼ですが、こちらの花の名をお聞かせ願えますでしょうか」


 穏やかな笑みを浮かべた老人は、静かに頷きながら答える。


「水明花じゃ。沼の光を映して咲く、ええ花でな」


 その名を聞き、二人は花々を改めて見つめる。

 陽光に照らされ、揺れる花弁の美しさと透明感は、名前を知った今も変わらず心に残った。


 ふと、深い水の奥に微かな動きが視界の端をかすめる。

 波紋が水明花の傍から広がるが、近づいても何がいるのかは見えない。

 モンドは静かに息を潜め、深場に何かが潜むことを感じ取った。

 痩せ細った影は、水明花により守られた深みに潜み、存在を静かに示すのみであった。


 二人はしばし、その揺らめく水面と花々の光景に心を奪われ、手記に刻む価値を目に焼き付ける。


 水明花が揺れる静かな沼のほとりに立ち、陽光に照らされた水面をじっと見つめる。

 花々の色彩に目を奪われる間も、遠くの水面では漁師たちが深場に網を入れる所作が目に入る。

 浅瀬ではなく、ほとんどの漁師が深みに向かっている。


 モンドは小さな疑問を零す。


「なあ、ゼフィ。どうして皆、浅瀬じゃなくて、深みばかりに網を入れとるんだろうな」


 ゼフィは周囲に目をやり、桟橋に着けた船の上で網を丁寧に畳む漁師を見定めた。


「そうですね……少しお尋ねしてみましょうか」


 二人は作業の邪魔にならないようそっと近づき、ひとりの漁師に声をかける。

 漁師は穏やかな声で答える。


「この沼の赤は浅瀬にもおるが、白は深場にしかおらん。希少な白を狙う者は、自然と深みに網を入れるんじゃ」


 モンドは、網を扱う漁師の所作を注意深く観察する。

 浅瀬には赤ばかりが泳ぎ、白は深みに偏っていること── 漁師たちはその事実に従い、慎重に網を操っていた。

 その手つきから、白を追う漁師たちの真剣さと、自然と寄せる敬意が伝わってくる。


 モンドが価値の差を尋ねると、漁師は肩をすくめ、少し笑みを浮かべて答えた。


「そうさな……赤が片手で数えられるなら、白は両手から少々はみ出すぐらいか。取れれば二、三日は漁でんでもよかろうな」


 モンドは漁師の言葉を反芻しながら、そっと手記に向かう。

 筆先を走らせる手に迷いはなく、網の扱いや漁師の目の動き、慎重な所作を思い出す。


「なるほど……赤は片手、白は両手から少々はみ出す。希少なものを追う心意気、分かる気がするな」


 そう呟きながら、モンドは淡い笑みを浮かべた。

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