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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
影を聴く刻
39/70

39

 静馬は、静まり返った墓地に目を向けた。

 あの夜の戦いを思わせる痕跡は、もはやどこにもない。

 折れた墓標も、焼け焦げた草も、すでに新しい風に洗われ、静寂だけが残っていた。

 かつて剣を交えた場所だというのに、今ではまるで夢の名残のようだ。


 ゼフィがそっと口を開いた。


「そして、呼びづらいからと新たに勝手に名前をつけてしまって……」


 その声音には、どこか気まずさが混じっていた。

 モンドの無遠慮な行動を責めるでもなく、ただ静馬への気遣いが滲むような響きだった。


 静馬は目を細め、穏やかに頷く。


「そうでしたな。あの後、私の名を伝えたら――偉そうで気に食わないと仰られて」


 鎧の内側からわずかに漏れた苦笑。

 長い時を経てもなお、そのやり取りを覚えているあたり、彼もまんざらではなかったのだろう。


 モンドが苦笑混じりに口を挟む。


「あんな長ったらしい名前、舌を噛まずにいられるかよ。いい名前だろ、静馬は」


 雲間から射す月明かりが、モンドの頬を照らしている。

 その笑みはどこか少年のようで、からかいの裏にほんのりとした照れが見えた。


 静馬は小さく笑みを返した。


「今ではその名も馴染みました。それに、一つの区切りでもあったのかもしれません。過去は消えませんが、ようやく足枷が外れた気がしました」


 彼の声は穏やかで、夜風に溶けるように柔らかかった。


 モンドは肩をすくめる。


「お前としては消えちまいたかったんだろうけどな。殴られてもピクリともしない盾役なんて、他に替えがきかねぇ」


 言葉の調子は軽いが、その裏には確かな信頼がある。


 静馬はわずかに目元を緩め、苦笑を浮かべる。


「あの時は想像もできませんでしたが、このような身でもお役に立てるのは、存外な喜びです。術に弱いのは……まあ、ご愛嬌ということで」


 ゼフィが小さく首を傾げた。


 月光が髪を照らし、その影が頬をかすめる。


「しかし、静馬さんを含め、恐怖の象徴のように語られているのは……少し引っかかります」


 彼女の言葉は素朴な疑問でありながら、どこか痛みを帯びていた。


 静馬は静かに目を閉じる。


「ありがとうございます、ゼフィ殿。しかし、あれと戦っていた時、胸にあったのは村への憂慮ではなく――変わり果てたあれを討たねばという想いだけでした。本来なら、村を守るために剣を振るうべきだった。恐れられて当然です。不徳の致すところ」


 風が三人の間を通り抜け、草がわずかにざわめく。

 その音が、沈黙の答えのように聞こえた。


 モンドは頭を掻き、鼻で笑った。


「いいじゃねぇか。間違わなきゃ、正解なんて見つかんねぇものだ」


 その軽口に、ゼフィが少し笑い、静馬も静かに頷く。


 どこか遠くでフクロウの声が響き、夜の静けさがより深まる。

 月光が墓地を照らし、草の上に伸びる影は三つ。

 風が吹くたびにそれはゆらりと揺れ、まるで遠くへ旅立つ亡霊たちを見送るかのようだった。


 静馬は一度だけその光景を振り返り、深く頭を垂れた。

 そして、モンドとゼフィの後を追う。

 星明かりの下、三人の影が並ぶ。

 夜露に濡れた道を踏みしめながら、彼らは再び旅路を進んでいった。

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