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静馬は、静まり返った墓地に目を向けた。
あの夜の戦いを思わせる痕跡は、もはやどこにもない。
折れた墓標も、焼け焦げた草も、すでに新しい風に洗われ、静寂だけが残っていた。
かつて剣を交えた場所だというのに、今ではまるで夢の名残のようだ。
ゼフィがそっと口を開いた。
「そして、呼びづらいからと新たに勝手に名前をつけてしまって……」
その声音には、どこか気まずさが混じっていた。
モンドの無遠慮な行動を責めるでもなく、ただ静馬への気遣いが滲むような響きだった。
静馬は目を細め、穏やかに頷く。
「そうでしたな。あの後、私の名を伝えたら――偉そうで気に食わないと仰られて」
鎧の内側からわずかに漏れた苦笑。
長い時を経てもなお、そのやり取りを覚えているあたり、彼もまんざらではなかったのだろう。
モンドが苦笑混じりに口を挟む。
「あんな長ったらしい名前、舌を噛まずにいられるかよ。いい名前だろ、静馬は」
雲間から射す月明かりが、モンドの頬を照らしている。
その笑みはどこか少年のようで、からかいの裏にほんのりとした照れが見えた。
静馬は小さく笑みを返した。
「今ではその名も馴染みました。それに、一つの区切りでもあったのかもしれません。過去は消えませんが、ようやく足枷が外れた気がしました」
彼の声は穏やかで、夜風に溶けるように柔らかかった。
モンドは肩をすくめる。
「お前としては消えちまいたかったんだろうけどな。殴られてもピクリともしない盾役なんて、他に替えがきかねぇ」
言葉の調子は軽いが、その裏には確かな信頼がある。
静馬はわずかに目元を緩め、苦笑を浮かべる。
「あの時は想像もできませんでしたが、このような身でもお役に立てるのは、存外な喜びです。術に弱いのは……まあ、ご愛嬌ということで」
ゼフィが小さく首を傾げた。
月光が髪を照らし、その影が頬をかすめる。
「しかし、静馬さんを含め、恐怖の象徴のように語られているのは……少し引っかかります」
彼女の言葉は素朴な疑問でありながら、どこか痛みを帯びていた。
静馬は静かに目を閉じる。
「ありがとうございます、ゼフィ殿。しかし、あれと戦っていた時、胸にあったのは村への憂慮ではなく――変わり果てたあれを討たねばという想いだけでした。本来なら、村を守るために剣を振るうべきだった。恐れられて当然です。不徳の致すところ」
風が三人の間を通り抜け、草がわずかにざわめく。
その音が、沈黙の答えのように聞こえた。
モンドは頭を掻き、鼻で笑った。
「いいじゃねぇか。間違わなきゃ、正解なんて見つかんねぇものだ」
その軽口に、ゼフィが少し笑い、静馬も静かに頷く。
どこか遠くでフクロウの声が響き、夜の静けさがより深まる。
月光が墓地を照らし、草の上に伸びる影は三つ。
風が吹くたびにそれはゆらりと揺れ、まるで遠くへ旅立つ亡霊たちを見送るかのようだった。
静馬は一度だけその光景を振り返り、深く頭を垂れた。
そして、モンドとゼフィの後を追う。
星明かりの下、三人の影が並ぶ。
夜露に濡れた道を踏みしめながら、彼らは再び旅路を進んでいった。




