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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
影を聴く刻
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 「では……貴方は、村長様が話していた騎士様の一人で、間違いないのですね?」


 ゼフィの問いに、霊騎士はゆるやかに頷いた。

 鎧の継ぎ目がこすれ、金属が低く鳴る。その音は夜気を震わせ、墓地の奥へと吸い込まれていく。


 「そうだ。そして――私が戦っていたあの者も、同じだ」


 「……あの化け物も?」


 モンドの声が低く響く。


 三人の影が墓石の上で揺れた。

 霊騎士は俯き、遠い過去を見つめるように言葉を紡ぐ。


 「そうだ。あれもまた、かつては人だった。私と共に剣を取った騎士たち、村を守ろうと立ち上がった者たち、そして……その場に居合わせた賊ども。憎しみと怨嗟、恐怖と絶望――それらが一つに溶け、やがて異形へと変じた」


 その声は冷たく、乾いた風が草を撫でるようだった。

 ゼフィは息を呑み、モンドは眉を寄せる。

 鎧の奥に宿る悔恨の深さを思えば、言葉など挟む余地もない。


 霊騎士はしばらく沈黙し、やがて噛みしめるように続けた。


 「……あの夜、私は村を守ると誓った。だが、力は足りなかった。仲間も、民も、次々と倒れ、残されたのは屍の山だけ。そして、その亡骸に、誰にも癒されぬ怒りと悲しみが宿り――あの化け物となったのだ」


 風が草を揺らし、枯葉が舞う。

 そのざわめきは、まるで亡者たちの嘆きを代弁するかのようだった。


 「……あんた、自分が騎士だって言うなら、霊体にただの剣を振るっても意味がないことぐらい、分かってただろ?」


 モンドの声は低く、鋭く響く。だがその奥には、怒りだけでなく、痛みのような優しさも滲んでいた。


 霊騎士は沈黙ののち、かすかに首を垂れる。

 

 「分かっていた。だが――私には、剣に祝福を施す術がなかった。使えるのは軽い治癒の術だけ。それでも、剣を振るうことをやめたら、心が折れてしまいそうだった」


 その声には、悔恨と諦念が交じっていた。

 夜風が一陣吹き抜け、焚き火の灰がふわりと舞う。


 誰もすぐには言葉を返せなかった。

 ゼフィが慎重に息を吸い、静かに問う。


 「……賊との戦いのあと、生還された方は皆さん行方が知れぬと聞きました。何か、ご存じではありませんか?」


 霊騎士の鎧がわずかに揺れた。


 「やはり、そうか……見覚えのある顔が、あった。彼らはあれに呼ばれ、そして取り込まれた。あれも身体のある者を取り込む意味が分かっていたのかどうか……取り込んだあとは露骨に動きが鈍った」


 「では今日、あの異形が反撃していたのは……完全に取り込みを終えたから、ということですか」


 ゼフィの声は、冷ややかな観察と、わずかな悲しみを含んでいた。


 「仕留められて、幸いでした」


 ゼフィはそう言い、胸に手を当てて目を伏せた。


 モンドは黙って霊騎士を見上げる。

 鎧越しに伝わるのは、確かな生気。

 ほんのわずかだが、契約を交わした影響が現れていた。


 「……どうも体の調子がいいみてぇだな」


 「感じる。力が満ちていく。まるで――再び命を得たかのように」


 モンドは口の端をわずかに歪め、どこか自嘲するような笑みを浮かべた。


 「そりゃそうだ。俺にゃ理屈はわからねぇが、それが血の抱擁の本来の効果らしい。言葉が通じるようになったのは、ただの副産物だ」


 霊騎士は静かに頷く。


 「シロみたいに話せないやつもいる……っと、あんたがいるから戻っちまったか。まあ、契約した相手の気まぐれ次第ってやつだ」


 その言葉どおり、先ほどまで傍にいたシロの姿は、いつの間にか霧のように消えていた。

 霊騎士はゆっくりと視線を落とす。

 その胸に去来するのが、後悔か安堵か、誰にも分からない。

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