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霊騎士の姿が、ゆっくりと霧に溶けていった。
鎧の継ぎ目から光が零れ、風に散る。
まるで存在そのものがほどけ、夜気に溶けていくかのようだった。
「……消えていく」
ゼフィの囁きは、冷たい夜風にかき消された。
モンドは黙って見つめる。
霊騎士の剣がゆっくりと地面に落ち、鈍い音を立てる。
その音は、まるで終わりを告げる鐘のように耳を打った。
やがて、モンドは低く舌打ちした。
「勝手に終わるんじゃねえよ」
怒りと焦燥が入り混じった声は、墓地の静寂を裂いた。
彼は一歩、霊騎士に近づく。
足元の霜が砕け、白い粉が舞う。
鎧の輪郭はすでに薄れ、風に紛れて形を失いかけていた。
その消えゆく姿に、モンドは歯を食いしばる。
「まだ話も聞いてねえだろうが」
右手を掲げ、指先で素早く印を結ぶ。
空気が張り詰め、夜が凍るような感覚が走る。
足元の地から淡く紅い光が滲み、血潮のように広がる。
墓標の影を巻き込みながら、巨大な円環を描いていく。
魔法陣が現れた。
複雑に交差する光の線。
中心に古の契約文字がひとつひとつ浮かび上がる。
地そのものが呻くかのような低い唸りが、墓地全体を震わせた。
「モンド様? まさか――」
ゼフィが息を呑む。
モンドは答えず、地を踏み鳴らした。
「せめて理由を聞かせてから逝きやがれ」
声と同時に陣が爆ぜた。
紅い光が炎のように立ち上がり、逆巻く風が周囲の草を焦がし、露を蒸発させる。
崩れかけていた霊騎士の身体が光に絡め取られ、消滅しかけた輪郭が無理やり縫い戻されるように形を取り戻す。
鎧の継ぎ目から白煙が上がり、金属が悲鳴を上げた。
空間そのものが軋み、耳の奥で圧が鳴る。
霊騎士の剣が震え、モンドへ向く。
拒絶。抵抗。
契約されることへの本能的な抗いが、刃先に表れていた。
「黙って受け入れろって顔かよ。……生憎、こっちは優しくねえんだ」
モンドは低く唸り、両手を地に叩きつける。
陣の紋が光を増し、紅から蒼へと変化する。
風が逆流し、空気が裂け、墓標が軋み、砂が鳴る。
霊騎士の体を無数の光の鎖が絡め取る。
生き物のように蠢き、鎧の隙間に食い込む。
金属の軋みと共に、膝をつく霊騎士。
雷鳴のような轟音がどこからともなく落ち、陣の中央に火柱が立つ。
モンドが腕を突き出すと、掌から溢れる魔力が炎と共鳴し、紅の火花を撒き散らした。
焼けるような熱気が周囲を包み、ゼフィは思わず目を覆う。
霊騎士が苦悶のように顔を上げる。
兜の奥で光る眼窩には、憤怒や恐怖ではなく、哀惜が宿っていた。
モンドは投げやりに吐き捨てる。
「一人で悦に浸って逝かれても、こっちはさっぱりだ。村に迷惑かけた駄賃として、土産話くらい置いてけ。その後、消してやる」
光の鎖が一瞬強く輝き、風が止まる。
墓地全体が静止し、鎖は光の粒となって霊騎士に吸収される。
陣が鳴動し、赤と蒼の光が融合して夜空に螺旋を描き、収束と同時に爆ぜる。
契約は完了した。
霞が晴れ、霊騎士の輪郭が鮮明になる。
鎧の光は揺らめきながらも、確かな存在感を放つ。
ゼフィは息を呑む。
「あのモンド様が一回で成功するなんて……」
モンドは深く息を吐き、軽く笑う。
「抵抗されてたら、あの世にいかれてたな」
霊騎士は立ち上がり、無言でモンドを見つめる。
その眼に、かすかな光が宿っていた。
「声が……出せる?」
「うちらの故郷じゃ『血の抱擁』って呼ぶんだ。召喚士として一筋にやってきた証ってことさ」
「その代わり、他の術は使えませんがね」
ゼフィの言葉に、モンドは苦い表情を浮かべた。




