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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
影を聴く刻
37/70

37

 霊騎士の姿が、ゆっくりと霧に溶けていった。

 鎧の継ぎ目から光が零れ、風に散る。

 まるで存在そのものがほどけ、夜気に溶けていくかのようだった。


「……消えていく」


 ゼフィの囁きは、冷たい夜風にかき消された。


 モンドは黙って見つめる。

 霊騎士の剣がゆっくりと地面に落ち、鈍い音を立てる。

 その音は、まるで終わりを告げる鐘のように耳を打った。


 やがて、モンドは低く舌打ちした。


「勝手に終わるんじゃねえよ」


 怒りと焦燥が入り混じった声は、墓地の静寂を裂いた。

 彼は一歩、霊騎士に近づく。

 足元の霜が砕け、白い粉が舞う。


 鎧の輪郭はすでに薄れ、風に紛れて形を失いかけていた。

 その消えゆく姿に、モンドは歯を食いしばる。


「まだ話も聞いてねえだろうが」


 右手を掲げ、指先で素早く印を結ぶ。

 空気が張り詰め、夜が凍るような感覚が走る。

 足元の地から淡く紅い光が滲み、血潮のように広がる。

 墓標の影を巻き込みながら、巨大な円環を描いていく。


 魔法陣が現れた。

 複雑に交差する光の線。

 中心に古の契約文字がひとつひとつ浮かび上がる。

 地そのものが呻くかのような低い唸りが、墓地全体を震わせた。


「モンド様? まさか――」


 ゼフィが息を呑む。

 モンドは答えず、地を踏み鳴らした。


「せめて理由を聞かせてから逝きやがれ」


 声と同時に陣が爆ぜた。

 紅い光が炎のように立ち上がり、逆巻く風が周囲の草を焦がし、露を蒸発させる。

 崩れかけていた霊騎士の身体が光に絡め取られ、消滅しかけた輪郭が無理やり縫い戻されるように形を取り戻す。


 鎧の継ぎ目から白煙が上がり、金属が悲鳴を上げた。

 空間そのものが軋み、耳の奥で圧が鳴る。


 霊騎士の剣が震え、モンドへ向く。

 拒絶。抵抗。

 契約されることへの本能的な抗いが、刃先に表れていた。


「黙って受け入れろって顔かよ。……生憎、こっちは優しくねえんだ」


 モンドは低く唸り、両手を地に叩きつける。

 陣の紋が光を増し、紅から蒼へと変化する。

 風が逆流し、空気が裂け、墓標が軋み、砂が鳴る。


 霊騎士の体を無数の光の鎖が絡め取る。

 生き物のように蠢き、鎧の隙間に食い込む。

 金属の軋みと共に、膝をつく霊騎士。

 雷鳴のような轟音がどこからともなく落ち、陣の中央に火柱が立つ。


 モンドが腕を突き出すと、掌から溢れる魔力が炎と共鳴し、紅の火花を撒き散らした。

 焼けるような熱気が周囲を包み、ゼフィは思わず目を覆う。


 霊騎士が苦悶のように顔を上げる。

 兜の奥で光る眼窩には、憤怒や恐怖ではなく、哀惜が宿っていた。


 モンドは投げやりに吐き捨てる。


「一人で悦に浸って逝かれても、こっちはさっぱりだ。村に迷惑かけた駄賃として、土産話くらい置いてけ。その後、消してやる」


 光の鎖が一瞬強く輝き、風が止まる。

 墓地全体が静止し、鎖は光の粒となって霊騎士に吸収される。


 陣が鳴動し、赤と蒼の光が融合して夜空に螺旋を描き、収束と同時に爆ぜる。

 契約は完了した。


 霞が晴れ、霊騎士の輪郭が鮮明になる。

 鎧の光は揺らめきながらも、確かな存在感を放つ。


 ゼフィは息を呑む。


「あのモンド様が一回で成功するなんて……」


 モンドは深く息を吐き、軽く笑う。


抵抗(レジスト)されてたら、あの世にいかれてたな」


 霊騎士は立ち上がり、無言でモンドを見つめる。

 その眼に、かすかな光が宿っていた。


「声が……出せる?」


「うちらの故郷じゃ『血の抱擁』って呼ぶんだ。召喚士として一筋にやってきた証ってことさ」


「その代わり、他の術は使えませんがね」


 ゼフィの言葉に、モンドは苦い表情を浮かべた。

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