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村の家々は、夜を恐れるように戸を閉ざし、窓の隙間から漏れる灯りすらなかった。
ただ風の音と、二人の足音だけが、土の道に吸い込まれていく。
「静かなもんだな。……寝息ひとつ聞こえやしねぇ」
モンドが息を潜めて言うと、隣を歩くゼフィが小さく頷く。
「この村は、夜に外を歩く者はいないようですね。――あれを見た後ですから、気持ちは分かる気がします」
二人は慎重に足を運び、軒先の影から影へと移った。モンドが印を結ぶと、微かな光が一瞬だけ走り、ここまで先導していたシロが霧のように消える。
「お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」
呟いた声も、夜気に呑まれて消えた。
扉をそっと開け、二人は物音を立てぬよう部屋へ戻る。
疲れのせいか、布団に横になった途端、意識が落ちていった。
* * *
翌昼。
鳥の声が遠くから聞こえ、障子越しに柔らかな光が差していた。
「……寝すぎたな」
伸びをしながらモンドがつぶやくと、すでに起きていたゼフィが微笑む。
「それだけ疲れていたということですよ。昨日の場所も、普通の墓地ではありませんでしたし」
居間に降りると、村長が火を起こしていた。
「おや、起きられましたか。粗末なものしかありませんが、朝食でもいかがでしょう」
「そりゃありがてぇ。話してる間にも腹が鳴っちまって」
モンドが笑うと、ゼフィも袖をまくり、台所の方へ向かった。
「お手伝いします。野菜の下ごしらえを」
三人で鍋や器を並べていると、村長がふと顔を上げた。
「……墓地の様子は如何でしたか?」
手を止めたモンドが、ゼフィと目を合わせる。
昨日の光景が蘇る――黒くうねる異形と、それに斬りかかる鎧姿の影。
刃がぶつかるたび、獣とも人ともつかぬ悲鳴が夜空を裂いた。
「……霊だな。騎士の形をしてた。あともう一匹、化け物がいたな。何度もその化け物を、騎士の霊が斬りつけてた」
「斬りつけられるたびに、悲鳴のような音を響かせていました。あれが『怨念の声』の正体なのでしょう」
二人の言葉に、村長の顔がさっと青ざめる。
ゼフィは静かにその様子を見つめたが、何も言わなかった。
やがて、食事の支度が整い、三人は卓を囲んだ。
湯気が立つ汁椀を前に、しばし沈黙が続く。
「……化け物は、どのような姿でしたか?」
村長が低く問う。
ゼフィが思い出すように目を伏せて言った。
「形は一定せず、影が重なっているようでした。鍬や盾のような影も見えました」
「俺には……黒い泥が人を真似てるように見えたな」
モンドの声に、村長は小さく息を呑む。
「もう一年ほどになりますか……。村を賊が襲ったんです。一、二度で済めば野良犬に噛まれた程度に思えましたが、やつらは近くに棲み処を作りましてね。食料が尽きれば、また村に現れました。寒村ですから、蓄えも潤沢ではありません。そこで、村に立ち寄った商人を伝い助けを呼んだのです。応じてくれたのが、六人の騎士様でした」
村長の声が震える。
「戦いは激しく、双方とも多くが倒れました。村の者の中には逃げた者もいましたが、見つけられた遺体は皆、あの墓地へ……」
「その逃げた連中に話を聞くことはできねぇか?」
モンドの問いに、村長は首を振る。
「皆、行方がわからないのです。異音――『怨念の声』が聞こえ始めた頃から、一人、また一人と姿を消していきまして……」
モンドは少し目を細めた。
「……呼ばれたってわけか。自分から行ってるようだが、事が治まるまでは夜は大人しくしておいた方がいいな」
風が窓を叩き、火の音が小さく爆ぜた。
沈黙の中、村長の肩がわずかに震えていた。




