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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
影を聴く刻
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 奇怪な噂が立ち始めてから、数週間ほどが過ぎていた。


 村人たちは夜になると戸を固く閉ざし、家の奥からはかすかな泣き声や祈りの声だけが漏れ、まるで村全体が息をひそめているかのようだった。

 井戸端や軒先での会話もひそひそ声に変わり、子どもたちは家の影に隠れるようにして好奇心を抑えていた。

 畑は雑草が野放図に伸び、かつて整えられた畝は見る影もなく、泥道は苔と湿り気で滑りやすくなっていた。

 村の通りは日中でさえひっそりと沈み、かつての賑わいの残像だけが、薄く靄のように漂っていた。


 その村に、偶然旅をしていたモンドとゼフィが足を踏み入れた。

 疲れを隠しきれない中年の顔に、眉間に深い皺が寄り、まるで過去の旅の記憶を呼び覚ますかのようだっ。


「……随分と静かじゃねえか。酒の匂いも、料理の匂いも控えめだ」


 ゼフィは静かに横に立ち、周囲を丁寧に観察する。


「少し物寂しさも感じますね……滞在させていただけるとありがたいのですけれど」


 二人が通りを進むたび、家々の窓からちらりと人影が覗き、まるで影そのものが息をひそめているようだった。

 手前の家の扉の隙間から中年の男が顔を出し、警戒の色を滲ませて問いかける。


「旅の者か……?」


 モンドは軽く会釈する。


「ああ。一晩、この村で泊まらせて貰いてぇんだが、村長さんはどこだい?」


 男は眉を寄せ、視線を巡らせながらも、二人の落ち着いた様子を見て小さく頷いた。


「分かった。まずは村長に伝えよう。ついてきてくれ」


 村の小道を進む間、夕暮れの光が家々の屋根を血のように赤く染め、長く伸びた影が道に揺れる。

 落ち葉や小石が散乱する道を踏みしめると、手入れされぬ畑からは湿った草の匂いが立ち昇った。

 窓越しにじっと見守る村人たちの視線に、緊張と不安が霧のように漂っていた。

 やがて男は、古びた家屋の前で立ち止まり、扉をノックする。


「村長、旅の者を連れてきた。一晩、滞在の許しが欲しいとのことだ」


 しわの多い顔を持つ村長が現れ、目を細めて二人を見つめる。


「それはそれは……どうぞ中へお入りください」


 家に通され、テーブルにつくよう促されたあと、村長は水の入った湯呑みを人数分置き、二人の前に座った。


「あー……随分と落ち着き払った村で……」


 モンドの言葉にゼフィは咳払いで釘を刺すも、村長の苦笑を見てすぐに口を閉じた。

 深く息をつき、村長は言葉を選ぶように話し始める。


「最近、村は奇怪な現象に悩まされておりましてな。夜になると、墓地から、何かが囁くのです」


 ゼフィは小さく身を乗り出す。


「囁くとは?」


 村長は肩をすくめ、言葉を選びながら頷いた。


「申し訳ない、あれをどう表現したものか……。村の者は『怨念の声』などとも申します」


「怨念……か」


 モンドは目を一瞬大きく見開き、思わず息を漏らした。


「ふむ……旅を長くしてりゃ、魑魅魍魎の類は珍しくはねぇんだがな」


 肩を竦め、苦笑を浮かべて言葉を続ける。


「命の軽いこのご時世、化けて出るなんて話はよくある。まして旅なんぞしてりゃ、坊さんの真似事もしなきゃならん時もあったりする」


 本職の方達に言わせれば、些か手荒いやり方かもしれねぇ、とモンドは頭を軽く掻きながら心の中で思った。


 村長は、旅人がそんな状況を当たり前のように扱えるのか判断がつかなかった。

 しかし、村の中で解決できるなら、とうにしているのだ。

 意を決して二人を見つめる。


「初対面のお二方に差し出がましいとは存じますが……可能であれば、この状況を救っては下さいませんか」


 ゼフィはモンドと顔を合わせ頷き、柔らかく微笑む。


「もちろん、無理のない範囲で。旅人の私たちでもお力になれればと思います」


 モンドは肩をすくめ、口元に軽く笑みを浮かべた。


「手に負えるかは分からねぇが、やらんこともねえ。さあ、まずは様子を見せてもらうとするか」


 村長は安堵の表情を浮かべ、深く息をついた。


「ありがとうございます。どうぞ、我が家を使ってください。先立たれた妻の部屋が空いております」


 案内された部屋で荷を解き、二人は受けた依頼の準備を始めた。


「よしよし。妖怪、幽霊相手にゃ御神酒は欠かせん」


 使えるか分からない葡萄酒を荷物に積み込みつつ、含み笑いを漏らすモンド。

 呆れ顔のゼフィは背後で慎重に準備を整えた。


 夜が深まると、二人は村の外へ向かった。

 墓地へ向かう前にモンドは印を結び、風狗ふうくを召喚する。

 青白い毛並みが月光に照らされ、朧気に揺れた。

 モンドが名前を呼ぶと、シロは軽く鼻を鳴らし、墓地の闇へ足を踏み入れた。

 ゼフィはゆっくりと続き、足元を確かめながら周囲を見渡す。

 冷たい夜気が肌を刺し、遠くで枯れ葉が風に舞う音が、まるで墓場の囁きのように聞こえた。


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