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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
影を聴く刻
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 薄曇りの空が、まるで遠い記憶の帳を溶かすように村を覆っていた。

 干し草の香りがほのかに漂い、小川のせせらぎが遠くからささやきかける。

 木造の家々の軒先では鶏が小さく鳴き、犬が昼寝の夢から目覚める。

 村全体は静けさに包まれているが、その沈黙の中には、柔らかな生命のざわめきが小さく息づいていた。


 モンドとゼフィは、ゆるやかに続く村道を歩きながら、かつて訪れたときの記憶をそっと手繰る。

 緊張と恐れ、怯えた子供たちの瞳——それらは今、霧に溶けて遠い影となり、風に揺れる稲穂のざわめきに溶け込んでいた。


 道端の小川を渡ると、石橋の上で水面が光を細やかに散らし、向こう岸には昔のままの村が静かにたたずんでいた。

 瓦屋根の家々、藁に覆われた小さな納屋、庭先でひなたぼっこをする猫たち。

 そよぐ風が稲穂を揺らすたび、過去と現在の旋律が静かに重なり合った。


 村人たちが気づくと、声をかけ、手を振り、自然な笑顔で二人を迎える。

 二人も軽く応え、短い挨拶のやり取りの中で、村の生気と日常の穏やかさが確かに息づいていることを感じた。


 やがて村の中心に差し掛かると、年老いた村長がゆっくりと戸口に現れた。

 笑顔の奥に、過去の戦いの影を宿す瞳が、静かに二人を見つめる。


「これはこれは。お久しぶりです。村は少しずつ元気を取り戻しておりますよ」


 モンドは肩をすくめ、鼻で軽く笑った。


「そりゃあ、いいな。様子を見に来た甲斐があったってもんだ」


 ゼフィは微笑みを添えつつ、柔らかな声で言葉を重ねる。


「村長様のおかげで、皆様も穏やかに過ごせているのだと思います」


 しかし二人の内面には、静かな波紋が広がっていた。

 モンドの胸に去来するのは、かつて見聞きした影の記憶——村を恐れさせたかもしれない存在を背負った後ろめたさが、曖昧な笑みの裏で静かに揺れていた。

 ゼフィも、表情には出さずとも、今も人々の誤解に晒される存在を思い、胸の奥に小さな痛みを抱えていた。


 ゆるやかに流れる時間の中、二人は村道を進む。

 小さな畑、掘り起こされた土の匂い、風に揺れる草の音——過去の影は村を完全には覆わない。

 ここに生きる者たちの営みが、二人の胸に微かな安らぎと温もりを届ける。


「さて、まずは村をひと巡りしてみるか」


 モンドの言葉は軽く、肩の力を抜き、風に乗せるように漂った。


「ええ、道すがら、村の様子も見てまいりましょう」


 ゼフィは落ち着いた口調で応え、自然とモンドを立てる。


 二人の視線は、穏やかな村の風景と、夜に潜む影——心に刻まれた記憶の片影——の間を行き来していた。

 木々の葉がそよぎ、光が水面を揺らす。

 村は確かに生き、過去と今が静かに溶け合っていた。

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