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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
羽ばたく影と食の焔
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 赤々とした炎の中、じゅうじゅうとクリスピオンの脂が弾け、焚き火の上に小さな火花を散らした。

 立ちのぼる煙は香草の清涼な香りをまとい、森の湿り気を帯びた匂いを押しのけて、まるで祭りの夜を呼び寄せたかのように村の空気を一変させてゆく。

 肉の表面はこんがりと狐色の艶をまとい、身はふっくらと割けるほどに火が通っていた。


 出来上がりを待ちきれぬ子供たちが歓声をあげ、「まだ?」「もう食べられる?」とせがむ声が焚き火を取り囲んで跳ねる。

 女たちは木の皿を手にして笑い、男たちは串を振りながら鼻をひくつかせた。


「さあ、味見してみろ」


 首長が大ぶりに切り分けた肉を差し出すと、モンドが最初に受け取った。

 外は香ばしく、中は海老の蜜を思わせるほのかな甘みを含んだ柔らかさ。

 ひと噛みした途端、旨味の奔流が舌を包み、彼は思わず目を細める。


「……こいつは、想像以上だ」


 その反応に子供たちがどっと沸き、すぐさま小片を奪い合うようにして頬張った。

 油で唇を光らせ、「うまい!」と声を張り上げる姿に、村人たちはどっと笑い、女たちは次々と香草を火へ投げ入れて煙にさらなる芳しさを添えた。


 ――その頃。

 地中に埋められていたシルフィダも頃合いを迎えていた。

 熾火を脇へどけ、土を掘り返すと、厚く巻かれた葉の包みが現れる。

 濡れた大地の匂いの奥から、酒に溶け込んだ甘やかな香りがふわりと立ちのぼり、周囲の鼻先をくすぐった。


 葉をほどけば、白い蒸気が夜空へ昇り、内側に隠れていた淡い色の身が現れる。

 指先で崩れるほど柔らかに蒸し上がり、透きとおるように艶やかな表面は、森の恵みを凝縮した宝玉のようだった。


「こちらも、いい出来だ」


 首長が包みを開き、皆に示すと、子供たちが背伸びして覗き込み、女たちは感嘆に口元を覆う。

 土に眠っていた時間が、森の芋を思わせる豊かな甘みを肉に宿していた。


 ゼフィは蒸し上がったシルフィダを手に取り、口に含む。

 森の草木を思わせる青みと酒のほのかな甘みが溶け合い、彼女は焚き火の炎を映す瞳で静かに微笑んだ。


「旅先でしか味わえぬ風味……確かに特別です」


 その言葉を合図にしたかのように、村人たちは一斉に皿や葉を手に取り、次々と焚き火の周りへ集まった。


 そこには、別の料理もずらりと並び始めていた。

 大鍋では、細かく裂いたクリスピオンと川魚が煮立ち、香草と塩、砕いた木の実の滋味が溶け合っている。

 平たい石の上には、すり潰した穀物を葉に包んで焼いた素朴なパンが並び、香ばしい焦げ目が夜気を揺らす。

 吊るされていた獣肉の燻製は切り分けられ、木の実や乾果とともに彩りを添え、森で摘まれた山菜や茸は串に刺されて火の端で焼き上がっていた。


「母ちゃん、この茸、ぼくの分大きいやつにして!」


「なに言ってるんだい、弟の皿に先に入れてやりな」


 そんなやりとりに周囲から笑いが起き、隣の男が「大人の分も残しておけよ!」と冗談めかして声をあげると、子供たちは舌を出して逃げ回る。


 食卓を賑わせるのは料理だけではない。

 大きな酒壺から濁酒が注がれ、どろりとした白濁の液体が木の杯を満たす。

 甘みと酸味の混じり合うその香りは、口に含めば早くも温かな酔いを運んでくる。


 そこへモンドが背から葡萄酒の瓶を取り出し、栓を抜いた瞬間、豊かな香りが波のように広がった。


「おお、これは!」


 村人たちは目を丸くし、異国の酒に歓声をあげる。

 濁酒とは異なる透明な赤の輝きに、子供たちでさえ羨望の眼差しを注いだ。


「親父、少しだけ匂い嗅いでもいい?」


「馬鹿言うな、酒はまだ早い!」


 そう叱られた少年はむくれ顔を見せるが、その仕草にも笑いが広がる。


 男たちは酒壺を回し飲みし、「こんな贅沢、年に何度あるものか」と笑い、女たちは火に香草をくべつつ、皿を次々に運んでいく。

 子供たちは油で輝く指を舐めながら、互いに口いっぱいで「うまい!」と叫び合った。


「こうして皆で作ると、より旨く感じるものだ」


 首長の言葉に、モンドもゼフィも静かに頷く。

 焚き火の赤い光が、村人と旅人の顔を等しく照らし、ひとつの輪に結び合わせた。


 森からもたらされた獲物の香りは、夜風に乗って星空へと昇っていく。

 それはまるで、天へ捧げる祈りの煙。

 この夜限りの饗宴を、森と空と人々とが共に祝福しているかのようだった。

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