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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
羽ばたく影と食の焔
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 森を抜け、獲物を担いで集落に戻った頃には、陽はすでに天頂を過ぎかけ、空は柔らかな黄金色を帯び始めていた。

 数刻の道程を歩いた重みは肩に食い込み、汗は背を伝い落ちていたが、遠くに焚き火の煙と人々のざわめきが見えたとき、モンドとゼフィは胸の奥にふっと安堵の灯をともした。


 首長の家の前には、大きな焚き火が力強く組まれていた。

 炎は獣の息吹のように唸りながら舞い上がり、風に乗って柔らかな煙を空へと押し上げていく。

 その周りには狩人や女たちが集まり、鉈や石包丁を手に、調理の支度を始めていた。

 焚き火のぱちぱちという音、刃が肉に触れる湿った響き、そして漂い始めた香草の青い香りが重なり合い、村全体がまるで宴の胎動に包まれていくかのようだった。


 子供たちは焚き火の周りを跳ね回り、木の棒で小さな音を立てて遊ぶ。


「あっち行け、煙が目にしみる!」


「大丈夫だよ、僕の方が早いもん!」


 彼らのはしゃぎ声が、炎の跳ねる音や刃の響きと混ざり合い、森の匂いと土の温もりに溶け込んでいった。

 大人たちも笑い声を交わし、互いに肉や野菜の手入れを手伝い合っている。

 それは収穫祭の前触れのような、緊張と喜びが入り混じった光景だった。


「まずは下処理だ」


 狩人の一人が声を張った。


「腹はもう出してある。あとは食えるところをきれいに仕上げる」


 最初に扱われたのは、丸々としたシルフィダだった。

 その姿は大地の滋養をたっぷりと吸い込んだ根菜にも似て、しかし確かに生き物としてのぬめりを帯びていた。

 すでに森で腸は抜かれていたが、なお淡く半透明の薄皮に覆われ、陽の光を受けてうっすらと光沢を放っていた。


 手慣れた村人が刃を入れると、皮はぴしりと裂け、するりと白い身が現れた。

 それはまるで川魚の皮を剥ぐような所作であり、指でつまめば透き通る膜が伸び、光を受けて虹のように輝いた。

 ぬめりを帯びた皮は引き延ばされるごとにきらめき、やがて桶にまとめられ、地面に埋められるため脇へ運ばれた。

 残された身は乳白色に柔らかく、指で押せば心臓の鼓動のように弾力を返す。


「薄皮は火にかけると臭みが出る。こうして全部剥ぐのが肝心だ」


 狩人の声は、まるで長年の経験から導かれた呪文のように響いた。


 現れた肉は、葉の緑を背にするとまるで雪片のように淡く光り、瑞々しさを湛えていた。


「これは蒸すとうまいぞ」


 別の狩人が笑みを浮かべ、切り分けた肉を大きな葉に包み込む。

 それを酒に軽く浸し、土に掘った窪みに並べると、葉が焦げぬよう湿った土がかぶせられ、その上から熾火が置かれた。

 やがてじわじわと蒸気がこもっていく。

 手のひらにとった濁酒をひと振りかけられた瞬間、ふわりと甘やかな香りが立ち上り、村人たちの腹を鳴らせた。


 次に取りかかられたのは、クリスピオンだった。

 すでに森で羽や硬い足、そして腸は処理されていたが、肉にはまだ葉や樹皮の匂いと血の匂いが残っている。

 狩人は桶に水を張り、そこへ酒を注ぎ入れる。

 澄んだ水面がきらりと揺れ、注がれた酒は白い筋を描きながら広がり、まるで川に流れる光のように肉を洗い清めていく。


 ごつごつした殻に残る細かな破片や汚れが拭われ、橙色がかった筋肉が顔を覗かせた。

 それはまるで海の底から引き上げられた海老の身のようで、光を受けて淡く輝く。

 洗い終えた肉に、狩人は岩塩を手に取り、指先からぱらぱらと振りかけた。

 岩を砕いて得られる塩の粒は、光を宿した霧の結晶のようで、肉の上でゆっくりと溶け、表面に透明な艶を与えていく。


「これならそのままでも食える」


 狩人が笑いながら肉を竹串に刺す。

 焚き火の上に掲げれば、じゅっと音を立てて脂が滴り、火の粉が弾け飛ぶ。

 香ばしい匂いが宵の風に乗り、集落の隅々へと流れていった。

 塩と火と肉だけで作り出される原始の料理――それは余計なものを必要とせず、獲物が持つ命の旨味そのものを味わう手立てであった。


 さらに別の調理場では、細かく刻んだクリスピオンの肉を川魚と合わせ、大鍋に放り込む者たちがいた。

 水を満たし、香草や塩、砕いた木の実を加えると、鍋は次第に泡立ち、湯気が白く立ち昇る。

 肉はやがて白くほぐれ、魚の淡白な身と混じり合い、香草の青さと甲殻の甘やかさを抱き合わせて、ひとつの豊饒な香りを生み出していった。


「川魚の淡白さに、クリスピオンの旨味を重ねるんだ」


 首長が嬉しげに語り、木杓子でゆっくり鍋をかき混ぜる。

 香りは風に乗って、村の中心から外れた小屋にまで届き、人々の笑い声を誘った。


 子供たちは火の周りで遊び、焚き火の周囲に散らばっては走り回る。


「あっちの煙、こっちまで来る!」


「負けないもん!」


 彼らのはしゃぎ声は、調理の音と混ざり合い、村全体に活気と生気を与えていた。

 大人たちも笑い声を交わしながら肉や野菜を手早く切り、互いに手を貸し合っている。

 モンドは串の焼け具合に目を凝らし、ゼフィは土中から立ちのぼる湯気を興味深げに見つめた。


 森で仕留めた異形の獲物が、目の前で人の糧へと変わっていく。

 その変化は力強く、そしてどこか神聖でさえあるように思われた。

 炎に照らされる皆の顔は赤々と輝き、彼らが背負ってきた苦労の影は、湯気と煙の向こうに溶けて消えていった。

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