18
翌朝、モンドとゼフィは狩人たちに連れられ、川辺に広がる森へ足を踏み入れた。
夜明けの光はまだぼんやりと、木々の葉は夜露をまとってしっとりと濡れている。
青みを帯びた葉先から雫が滴り落ちるたび、静まり返った森に小さな音が響き、川面から吹き寄せる湿り気を帯びた風が肌を冷ややかに撫でた。
奥へ進むほどにその空気は重さを増し、呼吸のたびに胸の奥まで湿気が入り込むように感じられる。
狩人たちは言葉少なに歩を進めていた。
靴裏が苔を踏みしめる鈍い音だけが、静寂の中に溶け込む。
森の鳥たちもまだ鳴き交わさず、耳に届くのは川のせせらぎと、時折どこからか落ちる水滴の音だけだった。
やがて、森の奥に仕掛けられた罠へ行き当たった。
先頭を歩いていた狩人の一人が足を止め、低く声を潜める。
「……おお、かかってるな。──お客人、近づく時は気をつけよ。こいつら糸を吐く」
モンドとゼフィは頷き、木陰に身を寄せて罠の中を覗き込む。
そこに囚われていたのは、人の腰ほどもある巨大な芋虫型の魔物だった。
膨れあがった胴は円筒形で、淡い黄褐色をしている。
節ごとに半透明の薄膜が浮きあがり、光に透かせば中に白濁した体液がたゆたっているのがうっすら見えた。
つややかに濡れた体表には細かな毛がびっしりと生え、ぬめりに覆われたように光を反射していた。
その巨体がぐにゅ、ぐにゅと絶え間なく身をよじるたび、地面の草が押し倒され、湿った土の匂いと混ざって鼻を突いた。
丸い頭部には黒点のような目がいくつも並び、感情のない無機質な視線を宙に投げている。
口元からは突起が突き出し、そこから白濁した糸をしきりに吐き散らしていた。
粘り気のある糸は幹や枝葉に絡みつき、たちまち蜘蛛の巣のような膜を広げていく。
「っ……!」
狩人の一人が素早く踏み込み、吐き出される糸を身を翻してかわした。
糸は背後の木の幹にべったりと貼り付き、朝日を受けて鈍く光を放つ。
その光景に、ゼフィは思わず身を引きつつも見入ってしまう。
狩人は一瞬の隙を逃さず、手にした木の棒を力任せに振り下ろした。
ぐしゃり、と嫌な音が森に響き、頭部が潰れる。
白濁した体液が飛び散り、湿った草を濡らした。
魔物の体は痙攣を繰り返し、やがてぐたりと動かなくなる。
「こちらが……シルフィダですか?」
ゼフィが息を整えながら問う。
「ああ。狩るだけなら容易いが、夜行性でな。こうして罠で捕らえるのが常だ」
狩人は短く答えると、腰の皮袋からナイフを取り出した。
刃が陽光を受けて鈍く光り、ゼフィは思わず唾を飲み込む。
ナイフの切っ先がまず向かったのは口の突起だった。
根元からざくりと切り離すと、内部から黒く濡れた糸腺がずるりと引きずり出される。
管は粘つき、草に触れるたびにべたりと糸を吐き出し、まるで臓物が糸を生んでいるかのような異様さを放った。
続いて狩人は腹部に刃を走らせる。
縦に大きく裂かれた体表から、どろりとした内臓が溢れ出した。
粘液をまとった塊は湿った草の上に崩れ落ち、蒸気のように生臭い匂いを撒き散らす。
強烈な刺激臭にゼフィは思わず鼻を押さえ、モンドも眉を寄せる。
ナイフが節を断つたび、「ぷつぷつ」と繊維が裂ける音が耳に残る。
狩人は慣れた手つきで腸を掴み取り、余計な水分を絞るように握りしめた。
ぴちゃり、と濁った液体が滴り落ちる。
中からは未消化の草や小虫が混ざった泥のようなものが吐き出され、地面に投げ捨てられる。
残された腹部の肉は、意外なほど淡白な白色をしていた。
柔らかいゼリー質のような組織は光を受けて透け、切り口からはぷるぷると震える。
狩人はそれをいくつかに切り分け、両手で器用に革袋へ押し込んでいった。
切断面からは、草の青臭さと川虫を潰したような甘ったるさが入り混じった匂いが立ちのぼった。
鼻腔を刺すような生臭さに、二人は知らず息を浅くしていた。
「よし、これでいい」
狩人は血と体液で濡れた手を草にこすりつけ、さも当然のように立ち上がった。
動きには一切の迷いがなく、長年の習練がその所作からにじんでいる。
その後ろでは数人の狩人が、残った臓物や糸腺をまとめ、土に穴を掘って埋めていた。
腐臭を防ぐための習わしなのだろう。
肉を持ち帰りつつも、森を荒らさぬようにする知恵がそこにはあった。
モンドとゼフィも手伝いを申し出て、慣れぬ手つきで草を掻き分け、土を寄せた。
ぬかるんだ泥が爪に入り込み、指先に生臭さが残る。
それでも黙々と作業を続けるうち、少しずつ森の空気に馴染んでいく感覚があった。
「……よし、こんなもんか。では次へいこうか」
狩人が促す。
二人は、解体の一部始終を脳裏に焼き付けたまま、なお鼻先に残る甘ったるい匂いを振り払うように息を整え、次の罠へと足を進めていった。