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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
羽ばたく影と食の焔
17/24

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 夕暮れが川辺の集落を薄く染める頃、モンドとゼフィは小川沿いの土と石でできた道を進んでいた。

 道の両脇には低い草や野花が夕風に揺れ、川面には赤い陽光がきらきらと反射している。

 湿った土の匂いと川の涼やかな風が混ざり合い、二人の足取りを軽くしていた。


 道の先に、石と土で築かれた簡素な塀が現れる。

 見張りが槍を構え、二人の行く手を遮った。


「何の用だ?」


 モンドは肩越しに荷を探り、手紙を取り出す。


「旅のもんだ。首長さんに渡す手紙を預かってる」


 見張りは手紙を確認し、ゆっくりと頷いた。


「首長宅は、この道をまっすぐ行った先だ」


 二人は軽く礼をし、道を進む。

 集落の入り口から見える家々は円形や楕円形を描き、草や葉で覆われた屋根から柔らかい煙が立ち上る。

 家の中央には必ず炉があり、その火が小さな開口部から漏れ、夕暮れの光に溶け込む。

 川風に混ざる煙と湿った土の香りが鼻をくすぐり、二人の胸をそっと震わせた。


「……こりゃまた、珍しい造りだな」


 モンドは目を細め、路面に落ちる影と煙の揺らぎを追う。


「炉を中心に家が建てられている……住む人々の息遣いが、丸ごと感じられますね」


 ゼフィも開口部から覗く暮らしの気配に目を向け、微かに微笑んだ。


 小川沿いの道を曲がりながら、二人は集落の中心へ向かう。

 道の両脇には木製の小さな橋や干し棚があり、川魚や草を干す風景が暮らしの匂いを添える。

 遠くでは子供の声が水面に反響し、夕陽に照らされた草の穂が金色に揺れていた。


 やがて首長宅に到着する。

 高さのある屋根、木製の柱、草で覆われた壁から立ち上る煙だけで、家の中の暮らしの温かさが伝わる。

 扉が開き、首長が現れる。

 柔らかくも威厳ある笑みを浮かべ、二人を火のそばに招き入れた。


 宅内では焚き火の赤い光が顔を照らし、煙が天井へゆらゆらと昇る。

 首長は地元の酒と川魚の燻製を差し出す。


 モンドは香ばしい香りを胸いっぱいに吸い込み、盃を傾けながら感嘆する。


「こいつぁ、香りだけで酒が進むってもんだ」


 ゼフィも皿の上の魚を見つめ、一口を取る。


「燻した川魚の香ばしさが、意外に繊細で驚きます」


 首長は笑みを浮かべ、ゆったりと語りかける。


「遠くからわざわざ……礼を言う。旅もさぞかし大変だったろうに」


 モンドは盃を掲げ、肩を軽くすくめる。


「そんな勿体ない。旅費も心許なかったのでね。こちらとしては渡りに船ってもんで」


 ゼフィも小さく頷き、火の光に照らされる顔を和ませた。


「本当に、こうして休めるとはありがたい限りです」


 首長は頷き、焚き火の赤い光に目を細めながら話を続けた。


「そうか、ならば良かった。食事も口にあったようだしな」


 二人は満足気に笑みを浮かべる。


「普段は食べているものだが、客人にお出しするには控えた。さて、功を奏したか」


 おや、これはと二人は顔を見合わせる。


「実は、旅先の味や風景をちょいと手記にまとめて歩かせてもらっておるんです」


 差し出された手記に目を留める首長。


「拝見しても?」


「口で話すより早いです。金釘流(かなくぎりゅう)なのはご容赦を」


 軽く笑ったモンドから手記を受け取り、一ページ一ページ丁寧にめくる首長。


「これは中々に面白い……」


「モンド様は照れ屋で、このような機会でなければ手記の内容を見せません」


 モンドはうるせいやい、と杯を煽る。

 首長は笑いながら頷き、手記を返した。


「お二人なら分かると思うが、他の集落や村と交流するにも、この立地だと難しい。

 他所から見れば孤立しているようにも見える。だからこそ、自然の恵みは余す訳にはいかん」


 首長はゆっくりと首を川の方へ向ける。


「この川と森の恵みを生かすには、魚は勿論、川藻も食す。森や水辺に棲む生き物も食すのがならわしだ」


 首長は杯を唇につけ、一息つく。


「……その中でも特異なのは、この辺りで出没する昆虫型モンスター、シルフィダとクリスピオンを狩り、食すことだ」


 モンドの目が光る。

 昆虫型のモンスターを食べるとは、初耳だった。


「へぇ、それは興味深いな」


 ゼフィは旅の中で口にした昆虫の味を思い返す。

 蜂の子や鉄砲虫。

 案外悪くないどころか、見た目を除けば好んでいた。思えば干し肉よりも美味しくいただけたことも思い出す。


 首長は二人の表情を見渡し、微かに頷いた。


「良ければ、狩猟に付き合ってみてはいかがか。集落の者には話を通しておく」


 二人は顔を見合わせ、一も二もなくうなずいた。


 焚き火の揺らめき、川面に映る夕陽の残照、夜風に混ざる土と煙の香り──静かな時間の中で、明日の狩猟への期待が心にそっと灯った。


 こうして、翌日の狩猟参加が決まった。

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