13
焚き火のほのかな揺らぎに、淹れた茶の香りが森の湿った空気に溶け込み、仄白く揺れる幻燐の光と交じり合う。
樹間をきらめく光が森の奥にひそやかな神秘を描き出す。
モンドは幻想的な光景に目を細め、夜気に漂う香りをすくい取るかのように、ゆっくりと酒瓶に手を伸ばした。
その仕草を見て、ゼフィは小さく微笑む――しょうがない人、と。
しかし視線の端には、丸くなっていたシロが耳をぴくりと動かし、周囲を慎重に窺う姿があった。
遠く森の奥から、低く唸る獣の声が滲み出るように響き、夜気に微かな震えを落とした。
葉先がわずかに揺れ、枝が触れ合う音が囁き合う。
湿った土と苔の匂いが立ちのぼり、足元から森全体が沈黙を強いるように息をひそめる。
さきほどまで身近に寄り添っていた虫の声は、いつの間にか遠ざかり、闇の奥へと吸い込まれた。
音の消えた空間には、見えざるものの気配だけが残り、森そのものがひとつの大きな眼をひらいているかのように思える。
二人は言葉をなくし、耳と瞳でその気配を探る――ただ静かに、呼吸すら控えるかのように。
シロはふと顔を上げ、蒼白に透ける瞳を細めた。
次の瞬間、微かな風が渦を巻き、森の奥から幾筋もの気流を呼び寄せる。
葉裏を撫でた匂い、獣道に残る爪痕の気配、遠い梢に潜む羽音――それらが層となり、シロの鼻先へと収束する。
風は光を孕むかのように仄白く揺れ、集められた匂いは森の地図のように彼の内に描かれていく。
低く身を伏せ、吐息とともに森全体の息吹を嗅ぎ分けるシロ。
まるで大気そのものを操り、見えぬ世界の記憶を探るかのようだ。
「……不穏だな」
モンドが低くつぶやき、仄白い光を瞳に映したまま、シロと視線を交わす。
シロは鼻を震わせ、森の奥へと二歩、三歩――湿りを帯びた闇へ沈むように進み、振り返って短く唸った。
付いてこい、と告げるように。
常ならば焚き火の傍らで待機を選ぶはずのシロが、あえて危うい方へ歩み出す。
二人はその異例の振る舞いに言葉を失い、互いに瞳を交わした。
「さて……鬼が出るか蛇が出るか」
冗談めかした響きも、森の深みに溶ければどこか冷ややかに返ってくる。
ゼフィは黙して荷を探り、古びたランタンを取り出す。
焚き火の炎を移すと、揺らぐ火は夜気に溶け、仄白い光輪を描いた。
「何が起こっても良いように準備を」
言葉少なく告げるゼフィに、モンドは静かに頷く。
認識を合わせた二人と一匹は、シロの示す方へ――森の奥、闇と光の境へと、そっと歩を進めていった。