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根なしの味わい  作者: 小鳥遊綜一郎
夢幻の光跡
13/24

13

 焚き火のほのかな揺らぎに、淹れた茶の香りが森の湿った空気に溶け込み、仄白く揺れる幻燐の光と交じり合う。

 樹間をきらめく光が森の奥にひそやかな神秘を描き出す。


 モンドは幻想的な光景に目を細め、夜気に漂う香りをすくい取るかのように、ゆっくりと酒瓶に手を伸ばした。

 その仕草を見て、ゼフィは小さく微笑む――しょうがない人、と。


 しかし視線の端には、丸くなっていたシロが耳をぴくりと動かし、周囲を慎重に窺う姿があった。


 遠く森の奥から、低く唸る獣の声が滲み出るように響き、夜気に微かな震えを落とした。

 葉先がわずかに揺れ、枝が触れ合う音が囁き合う。

 湿った土と苔の匂いが立ちのぼり、足元から森全体が沈黙を強いるように息をひそめる。

 さきほどまで身近に寄り添っていた虫の声は、いつの間にか遠ざかり、闇の奥へと吸い込まれた。


 音の消えた空間には、見えざるものの気配だけが残り、森そのものがひとつの大きな眼をひらいているかのように思える。

 二人は言葉をなくし、耳と瞳でその気配を探る――ただ静かに、呼吸すら控えるかのように。


 シロはふと顔を上げ、蒼白に透ける瞳を細めた。

 次の瞬間、微かな風が渦を巻き、森の奥から幾筋もの気流を呼び寄せる。

 葉裏を撫でた匂い、獣道に残る爪痕の気配、遠い梢に潜む羽音――それらが層となり、シロの鼻先へと収束する。

 風は光を孕むかのように仄白く揺れ、集められた匂いは森の地図のように彼の内に描かれていく。


 低く身を伏せ、吐息とともに森全体の息吹を嗅ぎ分けるシロ。

 まるで大気そのものを操り、見えぬ世界の記憶を探るかのようだ。


「……不穏だな」


 モンドが低くつぶやき、仄白い光を瞳に映したまま、シロと視線を交わす。


 シロは鼻を震わせ、森の奥へと二歩、三歩――湿りを帯びた闇へ沈むように進み、振り返って短く唸った。

 付いてこい、と告げるように。


 常ならば焚き火の傍らで待機を選ぶはずのシロが、あえて危うい方へ歩み出す。

 二人はその異例の振る舞いに言葉を失い、互いに瞳を交わした。


「さて……鬼が出るか蛇が出るか」


 冗談めかした響きも、森の深みに溶ければどこか冷ややかに返ってくる。


 ゼフィは黙して荷を探り、古びたランタンを取り出す。

 焚き火の炎を移すと、揺らぐ火は夜気に溶け、仄白い光輪を描いた。


「何が起こっても良いように準備を」


 言葉少なく告げるゼフィに、モンドは静かに頷く。


 認識を合わせた二人と一匹は、シロの示す方へ――森の奥、闇と光の境へと、そっと歩を進めていった。

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