12
モンドは火打石を手に取り、森で集めた枯葉と細かく裂いた樹皮を小さく山にした。
かちり、ぱちりと石を打ち合わせ、火花を散らす。
だが枯葉は黒く焦げるばかりで、すぐに消えてしまう。
モンドは眉をひそめ、角度を変えては火花を落とし続けた。
その間も、森の静けさの中に微かな木の香と落ち葉の香ばしさが漂う。
モンドの背越しに、ゼフィは鍋を用意し、平らな石の上にそっと置いた。
左手をかざすと、掌から氷柱が伸び出し、澄んだ音を立てて鍋の中に砕け落ちる。
冷気が一瞬白く揺れ、氷は澄んだ塊となって鍋を満たした。
三度目の火花が樹皮に吸い込まれ、モンドの手元に煙が立ちのぼる。
小さな火が赤子の息のように揺れるのを確かめると、彼は慎重に息を吹きかけた。
炎は橙色の舌となって枯葉を舐め、小枝をくべればぱちぱちと音を立てて燃え広がっていく。
太い枝が炎を受け止めた頃、鍋の氷も火にかけられる。
氷が水となり、ゆらめく湯気が森の空気に溶け込み、甘く柔らかな水の匂いが立ち上った。
湯が小さく泡を立て始めるのを見計らい、ゼフィは乾燥した穀物を鍋に入れる。
硬い携帯食を砕き入れ、干し豆も加えた。
さらに銀苔草の葉と風蔓の実をそっと沈める。
一頻り落とした食材が鍋の中で踊るのを見つめた後、白露茸も加える。
次に干し肉の塊を手に取ったゼフィは、ナイフで薄く削ぎ落とす。
手首を柔らかく返しながら、細片を一枚ずつ鍋に落とすたび、熱い湯気が立ち上り、香ばしさと干し肉特有の旨味がほのかに漂った。
材料は湯と馴染みながら、色や香りを少しずつ鍋に溶け合せ、静かに深い旨味が立ち上り始める。
湯の中で干し豆や穀物、野菜が互いに絡み合い、香りがまろやかにまとまる様子が見て取れた。
仕上げに、少量の香辛料をそっと振りかける。
スパイスの香りは控えめに漂い、森で採れた素材の野生的な香りを和らげつつ、湯気に混ざって食欲をじんわり刺激する。
鍋の中で材料が軽く踊るのを確認しながら、ゼフィは次に入れるものの順番を独りごちるように確かめた。
鍋の中からは、森と市場で得た食材が溶け合う香りが立ち上った。
それぞれの器に盛り付けると、ゼフィは手をかざし、シロの器だけ静かに温度を落ち着かせた。
揺らめく汁は徐々に穏やかさを増し、指先に触れると人肌のぬくもりに近いほどに落ち着いた。
「これで大丈夫ですか?」
ゼフィがそっと尋ねると、シロは鼻先で器を軽く突き、しっぽをゆっくり振って応えた。
満足の意志を示すその仕草に、ゼフィは微笑み、二人とシロも加えて声を揃え「いただきます」と言った。
器を手に取り、湯気をそっと吹いてから口に含む。
しばし黙して味わったのち、モンドは焚き火の炎を見つめたまま、低くつぶやいた。
「……悪くねぇ」
その短い感想に、ゼフィは何も言わず、ただ口元に静かな笑みを浮かべた。
二人の間に流れる沈黙は、どこか温かさを帯びていた。
その時、不意に森の奥がほの白く揺らめいた。
淡い光がいくつも浮かび、枝葉の間を漂いながら近づいてくる。
モンドは匙を止め、目を細める。
「……この森には幻燐が出るんだな」
ゼフィは視線を追いながら、器をそっと置いた。
「野宿も久しぶりですから……余計に貴重に思えますね」
時折、数匹の幻燐が野営地に近づいてくる。
だが火の明かりに触れる距離になると、なぜか掻き消えるように姿を失った。
その不思議な挙動に、二人は思わず目を奪われる。
淡い光は木々の隙間を抜け、浮かんでは消え、また現れては漂っていく。
焚き火の明かりから少し離れ、モンドは森の方へ歩み寄った。
それを察したシロが低く喉を鳴らすが、彼は気にも留めず足を進める。
ふわりと漂い寄った幻燐が目の前に浮かぶと、モンドは両の掌をそっと差し伸べ、包み込むように閉じた。
ゼフィのそばまで戻ると、彼は静かに手を開く。
だがそこには、光の粒ひとつ残ってはいなかった。
「まったく、世の中には不思議な事ばかりだ」
肩をすくめるように呟き、焚き火の傍に腰を下ろす。
やがて、旅の記録を手記に記す。
――本日の市、賑わいの中にて得し糧を煮炊きし、味わいは素直にして深し。
その香ばしさ、かすかに懐旧の情を誘う。
また幻燐というもの、夜の森に淡き光を放ち、近づけば忽ちに掻き消えぬ。
世の理の外にありながら、ただ静かに在るさま、幽かにして、心を奪うに足る。
焚き火の残心と幻燐の余光――その淡い揺らめきに包まれ、二人はしばし沈黙のまま夜を過ごした。