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森の外れの平地に、二人はゆっくりと足を踏み入れた。
低木や草地が広がり、そよぐ風に乗って森の匂いが漂う。
遠くで虫が羽音を立て、鳥が静かに鳴く。
街中の喧騒を離れた空間に、緊張と無事に着いた安堵が入り混じる。
木漏れ日に照らされ揺れる草花が、平地の穏やかさをいっそう際立たせていた。
モンドは軽く地面を踏みならし、座る場所や火床の位置を決める。
隣でゼフィは荷物や道具を整理し、携帯食や調理器具を並べた。
準備が整うと、モンドは布や毛皮を木の枝に掛け、雨や露をしのぐ簡易天幕の骨組みを作り始めた。
その手が一段落したところで、手隙になったゼフィが加わり、二人で天幕を完成させる。
薪や火床の位置、風向きも確かめ合い、ひと通りの設営を終えると、場には落ち着きが漂った。
「さて、呼ぶかね」
モンドは契約盟獣――風狗を呼び出すため、両手を静かに組み替えた。
ひとつ、またひとつと指を折り返すたびに空気が張り詰め、森の囀りさえ遠のいたように感じられる。
最後の印を結ぶと同時に、地を渡る風が逆巻き、淡い光の渦が生まれた。
その渦の中から姿を現したのは、半透明の影――風狗。
毛並みは幽かに青白く輝き、輪郭は風にほどけるかのように定まらない。
耳を鋭く立て、瞳は冷ややかな光を帯び、森の隅々まで見渡す。
足音はないが、大地を確かに踏みしめ、実体を持つのか幻なのか判別できない神秘性を漂わせる。
その体躯は森の影に自然に溶け込み、ただそこにいるだけで周囲の空気を研ぎ澄ませた。
ゼフィは軽く会釈し、風狗は尾をひと振り返した。
腰を落としたモンドがそっと手を伸ばし、風狗の背を撫でる。
微かな抵抗があるものの、手はすぐに体に馴染んだ。
「先触れは任せた、シロ。何かあればすぐ知らせてくれ」
「お願いしますね」
ゼフィが声をかけると、風狗――シロは静かに耳を動かした。
森では、足音ひとつにも注意が必要だ。
音を頼りに生きる動植物は少なく、余計な気配を立てれば察知される。
先頭に立つシロの姿を頼りに、モンドとゼフィは慎重に森へ足を踏み入れた。
モンドは針葉樹の枯葉や小枝、薪に使えそうな枝を拾い集め、落ち葉を踏む音にも気を配る。
隣ではゼフィが慎重に草をかき分け、食べられるものを見極めて手に取った。
柔らかく銀色に光る銀苔草の葉は、茹でればほのかに甘みが楽しめる。
木に絡みつく細長い蔓、風蔓の小さな実は香り高く、出汁や煮物に向く。
草むらの陰にひっそり生える小型の茸、白露茸も見逃さず摘み取った。
手際よく摘み取るゼフィの指先は迷いなく、森の匂いや微かな風の変化に耳を澄ませ、次に何を手に取るかを見極める。
シロが先頭で立ち止まると、ゼフィも自然と手を緩め、モンドは静かにその動きを見守った。
採取を終えると、薪や食材を抱えて二人は平地の野営地へ戻った。
無事に着いた安堵と、森に残る不穏な気配が交錯する空気。
森の出口まで先頭で歩を進めるシロを追いながら、二人は警戒を緩めずに地面を確かめつつ進む。
野営地に戻った瞬間も、シロだけはなお森を見据えていた。
「どうした?」
モンドが声をかけると、風狗は小さくくぅんと鳴き、伏せる。
モンドは首をかしげるが、それ以上は追及せず、ゼフィも素早く準備に取り掛かった
。
薪を整え、火を起こす段取りへと自然に移行していく。