三話 ぼっちにとって人と話すこと以上に怖い事はない
帝都中央区、通称——『配信者の拠点』。
どこを見渡せど見上げるばかりの建物が聳え立つ此処は、居住者の六割が配信者と多い。
一日ではとても周り切れない広さを誇る帝都イルロックの街。一つ区を跨ぐだけでも小一時間は掛かる距離にも関わらず、配信者の活動として欠かせない配信者組合や配信機材を置くお店がある商業地区に母屋を置いている配信者はそう多くない。
理由としては二つ。一方は、有名な配信者が中央区を拠点としているから。
もう一方は、ダンジョン管理局があるからである。
中央区にある建物の中でも一際大きい塔状の建造物。中央区のド真ん中に建設されたこの建物、ダンジョン管理局にはもう一つ呼び名があるのだ。
——『ポータル管理局』。
攻略不可能と言わしめた起源ノ迷宮三十六階層の攻略を機に、国が攻略を全面的にサポートする上で開発した瞬間移動装置——ポータル。
その副次的な物として、帝国領土各地に民間用のポータルが普及。結果、ダンジョン管理局は起源ノ迷宮へと通ずるダンジョンポータルを管理するという当初の目的とは別にもう一つ、民間ポータルを管理するポータル管理局としても機能する事となった。
その為、多くの配信者が中央区に母屋を置き、家賃的な意味でも、有名な配信者が住んでいるという意味でも、中央区に在住する者の殆どが配信者となり、ポータルは名実共に帝国民にとって、冒険者にとって、何より配信者にとって欠かせない物となった。
故に、ダンジョン管理局はいつ何時も多くの人で賑い、平日の今日とてトレードマークの大剣門から多くの人の波が連なっている。
僕がダンジョン管理局に到着し、ポータル受付カウンターへと辿り着いた頃には——。
「 Fランク冒険者、ノール・ボッチネルさん……」
「ひっ! ごめんなさい!」
「いえ、謝罪は結構です」
「……ご、ごめんなさい……」
凡そ二時間もの時間と過度な人成分の摂取により、僕の挙動不審度は極限にまで高まっていた。
「今日が配信者登録日、初めてのダンジョン探索で間違いありませんか?」
「…………そ、そんな! ま、間違いなんて……な、ないに決まってるじゃないですか……?」
「そうですか。畏まりました」
受付カウンターの前、渡した冒険者カード・配信者カードと僕を交互に見比べた生気の薄い黒瞳に、思わず僕はぎこちなく笑って目を泳がせてしまう。
客観的に見れば、まるで食い逃げでもした逃亡犯……。いや、薄汚いジャージ、受け答えも合わせれば完全にど逃亡犯だった。
「では、冒険者カードの確認・配信者カードの確認と許可証の発行まで少しお時間を頂きますので、その間にご説明を」
「……お、お願いします……」
ズレてもいない眼鏡を直して、手元のパソコンへと向き直った受付のお兄さんが説明を始めてくれる。
「私達、管理局側が許可出来るダンジョンポータルの利用……ダンジョンの階層許可数は冒険者のランクによって決まります。FランクからDランクまでは一ランク事に五階層ずつ、CランクからBランクまでは十階層ずつ。Aランクともなれば、攻略済の階層であればどの階層に行っても問題ありません。後は……まぁ、これは例外中の例外ですが、Sランクの方には制限を設けていません」
つまり、僕の場合はFランク、五階層までの許可が可能という事だ。
一階層から五階層までなら、実力・知識・経験不足な初心者でも生き残る事が出来る比較的安全な階層圏。
配信者や冒険者、先人達の呼び名を真似るなら——〇エリア。
起源の迷宮に置いて、唯一死者の出ていない階層圏だから○エリアらしい。
かと言って、危険が全くないかと言えばそうじゃない。セーフティーエリアでもモンスターは出るには出るし、迷宮が作り出す罠だってある。
それに——。
「これは今、管理局を訪れる配信者や冒険者の方々に度々言っている事ですが……今の迷宮は危険な場所です。最近では、【弐つ星】率いる選抜隊によって四十四階層の攻略が成されました。しかし……」。
知っている。僕だけじゃなく、恐らく世界中の皆が知っている。
——配信者『弐つ星』の四十四階層攻略配信。
伝説の三十六階層攻略配信から途絶えず配信されている階層攻略配信だ。僕も、その配信を見ていた。
だからこそ、僕やその配信を見ていた人なら誰もが知っている。
「階層攻略が進む事に、ダンジョンで様々な異変が観測されています。地震、モンスターの突然変異、隠しエリア、そして今回は……」
——配信者・冒険者の変死体が複数見つかった。
お兄さんが眉を顰め、言葉を濁した先の部分がそれで、生気の薄い顔を真剣な物で繕った理由。
「ですので、決して油断はなされません様に。——〇エリアが、いつまでもその所以を保っていられる保証はございませんので」
「……わ、分かりました」
忠告。それでいて、それだけじゃない何かが秘められた言葉。
僕が息を飲むのを見ると、お兄さんはズレてもいない眼鏡を直して、その顔から真剣さが消えた。
「では、此方が許可証になります。ダンジョンポタールが位置する地下一階へは、右の通りを真っ直ぐ進んで頂ければエレベーターがありますのでそちらをご入用ください。では、気をつけて前へ」
「……うぇ……?」
冒険者カードと配信者カード、そして許可証が手元に差し出されて、思わず変な声が出てしまう。
どうやら、確認も発行も、既に終わっていたらしい。確認と発行をするとパソコンに向き直り、直ぐに作業を中断したあの時点で……。
だけど、「い、いつの間に!? なんというタイピングスピード!?」なんて僕が驚きに声を上げる間もなく。
「邪魔だ。とっとと退け」
「うわあっ!?」
僕は、後ろにいた屈強な男性に突き飛ばされた。
「て、うそうそ……っ!? ゔえ……っ」
前にたたらを踏み、人の波に突っ込む。
そこままあれよあれよと流され、顔を潰され、体を潰され、足を踏まれ、広い廊下の隅へと追いやられた頃には。
「……モウイヤダ……カエリタイ……」
僕の体も心もズタボロだった。まるで、ボロ雑巾だった。
だけど——。
「……無事、許可証獲得。まだFランクで五階層までだけど、それでもやっと……っ」
人の波に流されながらも、何とか手放さなかった三枚のカード。
それを目線の高さまで持ち上げて見て、思わず泣きそうになる。
配信。その中でも一際人気が高いのがダンジョン配信だ。
そんな、ダンジョンの中で配信をするダンジョン配信者になるには通常、三つの証が必要になる。
一つ目は、モンスターを倒してお金を稼ぐ職業、冒険者として活動する為の証であり、冒険者協会から戦闘面で実力を認められた証——冒険者カード。
二つ目は、配信をしてお金を稼ぐ職業、配信者として活動する為の証——配信者カード。
三つ目は、ダンジョンに潜る為に必要な証——迷宮許可証。
だから、三枚の証を手にして、やっと実感が湧いて来る。
「……こんな僕でも、配信者になれたんだ。よし、行こう。確か、右の通路に曲がって一直線だよね? ……ん?」
ジャージのポケットの中の感触に勇気を貰った後、僕は廊下の方へと目を向ける。
向けて、違和感を感じた。
「なんか、普段より人が多い様な……」
視線の先、一見普段と変わらない大勢の人が行き交う廊下。しかし、人に人一番敏感な僕の目には普段と比べて少しばかり多く見える。
確か、今日ダンジョン管理局でイベント事はなかった筈た。だとしたら、有名人が来てるか、後は……。
「——あれ、君知らないの?」
事件でも起きたのか、なんて物騒な推測に至りそうになった時、誰かが僕の肩に触れた。
「しかたないなぁ~。無垢な君にお姉さんが教えてあげてしんぜよう! それはねぇ~。なんと! なんとだよ? 今日、あの美容系配信者『猫娘』がダンジョンで配信するらしいの!」
元気潑溂。振り返れば、聞いてもいないのに答えをくれた金髪ボブの少女がいた。
僕の鼻先で人差し指を立て、きらきらとその青空の様な蒼瞳を輝かせる、笑顔の眩しい少女がいた。
だから——。
「て、あれ? おーい! ……て、嘘!? 気絶してる!? な、何で!? え、えっとえっと……。おーい!」
人成分過剰摂取により、僕は立ったまま気絶した。