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ぼっちのダンジョン配信を開始します  作者: ただの屍
第一章 『配信ヴァージン』
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二話 ぼっちのキャパシティ舐めんな?


 帝都イルロック南街、商業地区——多種多様なお店が密集するイルム大通りは今日も多くの人で賑わっている。

 此処が帝都だから、という訳じゃない。

 武器、魔具、薬品、衣類、小物、食材、様々な国から様々な品物が集まるこの国屈指の市場、それが此処、イルム大通りだからである。

 勿論、様々と言うからには品質も値段もお店もピンからキリまで。


 屈強な二人の剣士を戦わせ、商品である武器の強度を熱演する武器屋。

 魔具を使って華麗なショーを披露する魔具屋。

 果物を彫って作った彫刻を店前に並べた果物屋。


 文字通り、イルム大通りには様々なお店が参列し、多くの人が宝石の様に目を輝かせてはその足を止め、ゆるりと、その財布の紐を緩める。


「はぁ。酷い目にあった……」


 そんなイルム大通りに一人、場違いにもジャージ一つで乗り込んで来た奴がいる。

 人混みを避ける様に建物の壁に張り付き(却って周囲の目を引きながら)、迷宮管理局がある中央区の方へと歩みを向けているぼさぼさ頭の少年。


 そう、(G)です……。


「受付の人怖かったなぁ。あれ、絶対に私情も入ってたよね?」


 つい数分前の出来事だ。配信者組合の前、ぶつかった女性に僕が謝罪としてした見事な土下座。

 その続きの描写として、こんなものがある。


 僕の奇行に戸惑った女性が助けを呼び、騒ぎを聞きつけてやって来た衛兵二人に叱られる、その最中、これまた騒ぎを聞きつけてやって来た配信者組合の職員に叱られる、なんて精神にダブルパンチな描写が。


 あぁ、思い出しただけで吐きそう……。


「もう、帰ろうかな。配信は明日……いや、明後日初挑戦って事で……でも、今行かないと僕の事だから当分行かないよねぇ……」


 迷宮管理局or自宅(ボロ小屋)。足を止め、僕は人混みに振り回される自分の姿と、家で待つ枯草ベットにダイブする自分の姿を思い浮かべて見る。

 天使と悪魔の対決。どちらに勝敗が傾くか、決着にそう時間は掛からない。いや、一瞬だった。


「うん、帰ろ!」


 バツ印の満点笑顔。勝敗は悪魔が圧勝し、僕は満面の笑顔を浮かべて靴先を翻す。

 否、翻そうとして、その足を止めた。


「ここって……」


 そこにあったのは一つの建物、見た事のある、僕の知っている建物だった。

 『アルマ』と看板に書かれた、古い外観のお店。


「まだ、あったんだ、ここ……」


 酷く、懐かしい記憶。僕がスタートラインに立つよりもずっと昔の記憶。


 そして——。


「………………」


 過ぎった懐かしい過去の情景をばっさりと斬り伏せる、窓ガラスに映ったみすぼらしい自分の姿。

 ぼさぼさの黒髪に、ハイライトのない蒼瞳、幾ら寝ても消えない分厚い隈に、シミの様な頬のそばかす。極め付けは、どの系統の服も似合わない僕が唯一これなら許せると判断したジャージ(上下)のセットアップ。


 あまりにも、みすぼらしい。顔が整っている訳でも、身長が高い訳でもない。配信者が放つキラキラとしたオーラもない。あの二人とは、とてもじゃないが似ても似つかない……。


「そう、だよね。僕に、配信者なんて似合わないよね……」


 お前なんかに務まる訳ない、そう窓ガラスに映るもう一人の自分に言われた気がした。


「やっぱり、今日は帰ろ……」


 と、僕が靴先を翻しかけたその時だった。


「だ、誰か! 誰か助けて!」


 女性の、助けを呼ぶ声が聞こえて来たのは。

 振り返れば、道の真ん中で縋り付く様に助けを叫ぶ女性の姿が見えた。


「どうか! どうか! お願いします! あの子を!」


 鬼気迫る形相で通行人の一人を呼び止めた女性が、何かを指差し、悲痛に叫ぶ。


 そんな、彼女が指を指した方角には——。


「どうしてあんな所に……! 衛兵! 衛兵はいるか! 冒険者は! 誰でもいい! 魔法が使える人!」


 ——柵のない建物の屋上、猫と戯れる少女の姿。


 僕の目にもそれが見えて、次の瞬間、駆け出した猫の後を追った少女の足が一歩、宙を切った。

 建物の屋上から、少女が落ちる。


「いやぁあああ! ミリぃいいいいい!」


 少女のお母さんの悲鳴が上がる。お母さんの物だけじゃない、助けを呼ぶ声に足を止めた通行人の悲鳴も重なる。

 宙を真っ逆さまに落ちる少女の真下には、何も無い。少女を受け止めてくれる人も、クッションになりそうな物も、何一つとして。


 あるのは、落ちれば人でもトマトの様に簡単に潰れてしまう硬い地面だけで。


「——だ、大丈夫? 怪我はない?」


 誰かが何かしなければ、誰かが手を差し伸べなければ、少女が辿る結末はそんな惨痛たるものだっただろう。


「……う、うん。だいじょうぶ……」


 少女は、ぎゅっと瞼の裏に閉ざした目を開ける。

 そこは、未だ空の上。少女は、宙を舞っている。

 しかし、数秒前と今とで違うのは、一人じゃなく二人という事。落ちるから舞っているに変化した事。

 少女の小さな体が、ぎこちない笑みを浮かべる少年の腕の中に収まっていた、という事。


「っと。……そ、それじゃ」


 一寸の揺れもなく地面に着地し、優しく腕の中から降ろされ、ぎこちなく微笑んだ少年は直ぐにその場を立ち去ろうとする。


 だから、その一歩目を、少女は目の前の手を握って阻止した。


「……え?」

「な、なまえ!」


 二秒遅れて。


「……おしえて?」


 頬を赤らめた少女は、困惑顔の少年に問うた。

 少年は困惑顔を深めた後、数秒沈黙して、頬と耳を真っ赤にしながら。


「ぼ、僕は……ノール・ボッチネル、です……」


 少年——僕は、ぼそっと少女に名乗った。

 すると、少女は「ノール・ボッチネル……」と小さく口の中で復唱して、満足気に笑みを咲かせた。


「わたし、ミリー! たすけてくれてありがとう! ボッチ!」

「え!? ぼ、ぼっち!? ま、間違って無いけど……」


 その呼ばれ方は初めてだった。

 僕が人から名前を呼ばれるとすれば、ノールさんやボッチネルさんぐらいだ。あだ名なんて、友達がいないのだから勿論ない。悲しい事に、誰かが僕の名前を呼ぶ時は決まってさん付けだ。


 だから——。


「そっか。ぼっち……」


 それが、僕にとって初めてのあだ名だった。

 なんか、胸の奥がポカポカする。変な感じだ。


「ボッチ!」

「な、なんか、小っ恥ずかしい……」

「ボッチ! ボッチ! ボッチ!」

「や、やめて……! は、恥ずかし死する……!」


 顔を腕で隠した僕の反応を見て、目を輝かせた少女が——ミリーがボッチを連呼する。

 あだ名に慣れていない身しては、言葉の通り死にそうである。今直ぐにでも逃げ出したい。だけど、目の前の手を振り払うには僕の覚悟が足りない。

 もしかしたら、泣き出してしまうかもしれない。

 そもそも、ジャージの袖握られてるから逃げられないんだけどね……。


「ボッチ! あのね! ミリーね! ボッチは」

「——ミリー!」


 そんな、爛々と目を輝かせるミリーの言葉尻を遠くからの声が塞いだ。

 心配を孕んだ女性の——ミリーのお母さんの声だ。


 反射的に、ミリーの顔が人混みを掻き分けてやって来るお母さんの方へと向く。


 その瞬間を、僕は見過ごさなかった。

 優しくミリーの手をジャージから剥がし、「あ」とミリーの声が音になるよりも早く、僕は地面を蹴った。


「ごめん……!」


 限界だった。幼い子とは言え、人とこれだけ話せたのだから。あだ名で何度も呼ばれたのだから。

 僕のキャパシティは既に限界点を軽く突破していた。


 だから、僕は逃げ出して——遠くでミリーが叫んだ言葉からは逃げ出せなかった。


「ぼっちぃいいい! ふたつぼしみたいでかっこよかったよぉおおお!」


 ミリーの言葉が僕に届いた時、イルム大通りにそれが流れたのはただの偶然だったと思う。

 石畳を蹴り、イルム大通りを駆ける僕の視界の端で——二つの稲妻が迸ったのは。

 建物の壁に備え付けられた、大画面の投映水晶に流れていた映像だ。

 水晶の奥、縦横無尽に駆け巡る二つの稲妻が、次々にモンスターを蹂躙して行く。否、それは稲妻なんかじゃない。人ならざる動きでモンスターを瞬く間に剣で斬り伏せて行く、二人の姿だ。


 ——配信者、『弍つ星』。


 配信発信機に映した景色を投映水晶に映しリアルタイムで世界に発信する配信。そんな配信をする者達を世間では配信者と呼ぶ。

 配信がそれこそ世界に浸透したのは五年前。そして、そんな初期の時代から配信者をしていた者達を始まりの配信者と呼び、目の前の投映水晶に映る彼等『弍つ星』はそんな始まりの配信者の中でも有名だ。

 攻略不可能領域にして、攻略階層不明ダンジョン——『起源ノ迷宮(ラストダンジョン)』。

 過去、数多の冒険者が挑み敗北し続けた起源ノ迷宮三十六階層の攻略を、たった二人の人物、配信者『弍つ星』が攻略した。

 勿論、攻略は配信されていた。


 題名は——難攻不落! 三十六階層攻略配信!


  彼等『弍つ星』を一躍有名にし、配信者という職業をルイース大陸全土にまで発展させた伝説の配信。


 僕が配信者になりたいと思った、切っ掛け——。


「ばいばーい! ぼっちぃいいい!」


 ちゃんと配信出来るかなんて自信、一ミリもない。この配信者になりたいという気持ちだって、少しの切っ掛けで崩れ落ちてしまう程脆い物だ。

 だけど今、この弱い心は幼い少女がくれた賛辞によって高鳴ってしまったから。


「ありがとう」


 遠くで手を振ってくれたミリーに手を振り返して、僕はダンジョン管理局へと向かった。


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