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ぼっちのダンジョン配信を開始します  作者: ただの屍
第一章 『配信ヴァージン』
2/5

一話 ぼっちに配信者組合はきついって


「えっと……っ。ノール・ボッチネルさん?」

「ひゃ、ひゃい!」


 人が最も活発に行動する時間——陽の刻。

 そんな刻限、多くの人でごった返す配信者組合にみっともない声が上がったのは、出入口から最も遠い壁際の受付席だった。

 作り笑顔が引き攣るポニーテールの受付嬢の前、びくびくと体を震えさせる少年の姿がある。その背中には、老若男女問わず大変多くの視線が集まっている。

 何せその少年、高身長! 高収入! 目鼻立ちの整ったナイスガイ!。


 ……なんて、自信満々に自信を肯定出来るポイントが一つでもあったら良かったのになぁと少年は切実に思う。


 高身長? 目鼻立ちの整ったナイスガイ? 配信者組合の何処を見渡せどそんな美丈夫は見当たらない。

 見当たるモノと言えば精々、ぼさぼさの黒髪に、挙動不審に泳ぐ黒目、だらしなく曲がった猫背と、配信者組合を訪れるには些か不釣り合いな黒ジャージ(上下セット)の芋野郎くらい。

 高収入? そんなのは以ての外だ。職業は冒険者! とは名ばかり。実情は、短期バイトの合間を縫っては冒険者組合で高ランク冒険者が受けない残りモノを漁り、日々の食い扶持を稼ぐボロ小屋在住のしがないフリーター。

 悲しきかな。そんな少年の姿を見た者は必ずしも、まるで自分の部屋であの忌まわしきGを発見した時の様にその顔を嫌悪一色に染め上げる。


「あの……これ、もう一度説明した方がよろしいです……?」

「す、すみません! お、お願いしみゃす!」

「ちっ」


 思っていたよりも大きく出た声と、舌を噛んだ事により耳まで顔を真っ赤にする少年。そんな彼の終始上がらない頭の天辺を、受付嬢の舌打ちと凍り付く様な冷たい眼差しが突き刺す。

 そう、まるで自分の部屋でGを発見した時の様に。


 ——そんなGが僕、ノール・ボッチネルです。ごめんなさい……。


「では、最初から……。此処、アルバス帝国首都、帝都イルロックは配信者の街です。今では帝国、いえ、ルイース大陸全土と言って差し支えない程、配信者という職業は世界に広まりました。その広がる速度はたった五年余りで世界全土と驚異的なものですが、何故だか分かりますか?」

「……え、影響力?」


 ジャージズボンに手汗を滲ませながら、震えた声で何とか答えを提示する。

 厳密に言えば、配信発信機を使ったリアルタイム中継、『配信』の影響力と言うのが正しい。

 配信発信機を介し、景色や音声を水晶型の魔具、『投影水晶』に中継する配信。

 今では、外を歩けば誰もが投影水晶片手に配信を眺めている、そんな時代だ。

 所謂、新時代。世界に配信という要素が加わった事によって、世界はたった五年という短い期間でここまで劇的な変化を遂げた。


「半分正解です。配信が配信者という職業を広める切っ掛けになったのは間違いありません。ですが、たった五年、そんな短い期間で広まったのには別の要因があります」

「……え……んん……?」

「投影水晶が構築するネットワークです」


 考え込む僕の姿を見て、お姉さんが淡々と答えをくれる。

 ここまで言われれば、幾ら頭の悪い僕でも理解出来る。

 本来、投影水晶は配信を見る為の魔具なんかじゃない。あくまで機能の一部。投影水晶の本質は、投影水晶同士を魔力で繋げ、離れている人と顔を合わせ会話を可能する事にある。


 つまり——。


「投影水晶は離れた人同士を繋ぐ魔具。人同士を繋ぐという事は情報の交換が容易であり、情報の交換が容易という事はそれだけ素早く多くの人に情報が伝達されます。今では投影水晶に世界中の情報が集い、誰もがその情報を閲覧出来るそんな時代です」


 そして、だからこそ……。


 お姉さんは身に纏う気配を変えて、「ですから」とその声音を鋭くした。

 思わず、僕は息を飲む。今、お姉さんが何を言おうとしているのか分かってしまったから。


「考えてください。自身が画面の向こう側に与える影響力を。言葉、行動、全て。人一人の言葉が救いにも武器にもなります。——自分なんかが、なんて甘えた考えは捨てて下さい」


 案の定、力強い言葉が頭上側から僕に向けられた。

 ドッと全身に汗が滲む。頭皮から吹き出た汗は頬を伝い、脇汗は服の色を変え、お尻はまるで漏らしたかの様にべっちゃり。

 あまりにも、お姉さんの言葉は僕の根幹を正確に捉えていた。

 何か、僕から感じ取ったのだろう。コミ障な部分か、人を極度に恐れている部分か、自信の無さか、もしかしたらその全部かもしれない。


「…………」


 僕自身、このままじゃいけない事くらい気づいている。

 あの二人に憧れて五年余り。勇気を出すのに掛かった時間も五年余り。

 やっと、こうして配信者になる決意を固めて配信者組合にやって来る事が出来た。


「これで、配信者登録の手続きは以上となります。何かご不明な点はありますでしょうか?」


 決して、軽い気持ちなんかじゃない。けれど、こうして面と向かって配信者としての矜恃を解かれた今、その気持ちが軽い物に成り下がった様に感じてしまう。

 だからこそ、こう思わずにはいられない。


 やっぱり、僕には……。


「そう言えば、一つ言い忘れていました」

「は、はひっ!」


 突然のお姉さんの声に、びくりと僕の肩が跳躍する。

 やっぱり、言いたい事があったのだ。

 『人間様に憧れただけのゴキブリ風情が、本当に配信者になれるとでも?』とか。はたまや、『挙動不審で見た目もぼろ雑巾……。配信者になりたいって、自分の姿鏡で見た事ある?』とか。


 なんて、次々とネガティブが膨らみ始めて——。


「——配信を、楽しんでください」

「…………」


 そんな僕に、お姉さんは微笑みながら言った。

 真っ直ぐ、目と目を見て言われて、初めて気が付いた。自分の顔が上がっていた事に。


 目線は、お姉さんの理知的な翡翠の瞳に……。


 久しぶりに人の顔をちゃんと見た気がする、なんて思った次の瞬間には真っ赤にした顔を伏せてしまったけれど。


「これで、配信者登録の手続きは以上となります。何か質問等は?」

「…………」

「あの……」

「……え、あ! な、ないです……!」


 呆けていた意識がお姉さんの声に引き戻されて、狼狽えながら答える。

 同時、何処かで風切り音が聞こえたのは僕の気のせいだと思う。


「でしたら、此方が配信者カードになります。後ろに他のお客様も控えていらっしゃいますので、速やかな退出をお願いします」

「……え?」


 思わず、間の抜けた声が漏れる。全く、気のせいじゃなかった。唐突過ぎる別れの言葉は鼓膜を素通りして、僕は僕の身に起こった違和感に声を上げた。

 違和感は右手。僕は、恐る恐る右手に視線を落した。


 そこには、僕の右手には——配信者カードが収まっていた。


 ぞっと、背筋が栗立つ。恐らく、さっきの風切り音だ。あの時に、お姉さんは僕が気付かない速度で配信者カードを滑り込ませた。

 思わず、僕の顔が引き攣る。苦笑が零れる。


 この人、絶対に普通の受付嬢なんかじゃない……。


 確信した瞬間——ぱちんと、指パッチンの音が聞こえた。

 同時に、僕が座っていた椅子が宙に浮く、だけじゃない、ぐりんと九十度回転した。


「——!? ……え、は、はい。あ、ありがとうございました……」


 風魔法の一種、風の導き(ウィンドリード)だ。

 そんなお姉さんの魔法、風の導きに僕が導かれたのはご丁寧な事に出入口だった。

 どうやら、もう隠す気はないらしい。まぁ、ずっと『早く帰れ』の圧がダダ漏れだったけど。


 椅子から立ち上がり、最後まで突き刺す様な視線を背中に受けながら、僕はとぼとぼと配信者組合の建物を出た。


「……ふぅ。シャバの空気は美味いぜ……」


 サンサン照る太陽と快晴の青空。空を仰ぎ見ながら、僕は新鮮な空気を目一杯吸い込む。

 吸い込んで、吐き出して、吸い込んで、吐き出して……。

 二周ほど繰り返してから、僕は舗装された石畳の地面の感触を靴裏で確かめた。

 次いで、頬も抓ってみる。ちゃんと痛い。夢じゃ、ない。


 夢にまで見た配信者、その証を今一度この目に映して、やっと実感が湧いて来る。


「これで、やっと花丸を付けられる、よね?」


 僕は、ジャージの内側から『今日の目標③』と書かれたノートとペンを取り出した。

 一ページ、二ページ、三ページと文字びっしりのページを捲って行き、十三ページ目を開く。

 上から順に、『三人以上と話す事』、『女性と話す事』、『目を見て人と話す事』、『噛まない事』、『挙動不審にならない事』、『歩く時、腕と足が一緒に出ない事』、『爪を噛まない事』、『配信者登録をする事』、『迷宮配信をする事』。


 そして、最大目標として一番下には——『友達を作る事』。


 『今日の目標①』から引き継ぐ最大目標は当然、未だ達成ならず。しかし、今日の成果として『女性と話す事』、『目を見て話す事』、『配信者登録をする事』の三つは花丸を付けられる。

 一歩前進、いや、これは三歩ぐらい前進したんじゃないだろうか。なんか、自信出て来た。


「よし、このまま行こう! 目指すは迷宮管理局! 念願の迷宮配信だ! 今日の僕は出来る子! よし、やるぞ! っと……」

「あ、ごめんなさい! 余所見してて……」


 ご機嫌で駆け出そうとして、配信者組合の建物に入ろうとしていた女性とぶつかった。


 だから——。


「すいませんごめんなさいゆるしてくださいぃいいいい!」


 それはそれは綺麗な土下座をして、僕に灯り掛けた自信は儚くも散ったのだった。


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