表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/16

「筋トレ」やらせてください!

 目の前の光景が信じられなかった。


 (ちょっと待って、待って待って待って!!!)


 私がここに逃げ込んだのは、寮の女子居住棟の敷地内。男子は自由に立ち入れないはずなのに――なぜかハンスがいる。


 「センパイ、こんなところで何してるんですか?」


 にこにこと笑いながら、ハンスはまるで偶然出くわしたかのように私に話しかける。


 (いや、おかしいでしょ!! どうやって入ってきたのよ!?)


 「……ハンス。あなた、どうしてここに?」


 私は一応冷静を装いながら問いかけるが、内心は混乱の極みだった。


 「え? えっと、部活見学してたら道に迷っちゃって、そしたら気づいたらここに……」


 (絶対ウソ!!!!)


 この寮の女子棟には、異性が無断で侵入することはほぼ不可能。正式な手続きを踏んだうえで守衛の使い魔付きでしか入れないことになっているし、無断で侵入しようとすればゴーレムの追尾は本来免れないはずなのに、どうやってこの場にたどり着いたのか。


 だが、ハンスはまるで本当に迷い込んでしまったかのような演技を崩さない。


 「センパイって、もしかしてここの寮生なんですか?」


 「え、ええ」


 「ここ、一番豪華な寮ですよね! やっぱり貴族の方は違うなぁ!」


 目をキラキラさせながら周囲を見渡すハンス。


 (あんた……っ! そんなキラキラした目してても実際は『こんなところに住んでる貴族全員皆殺ししたい』とか考えてるくせに……!!)


 私は息を整え、何とか理性を保ちながら口を開いた。


 「迷い込んだにしては、落ち着いているわね」


 「えへへ、オレってちょっと順応力高いんですよね!」


 ハンスは悪びれもせず、まるでこちらの反応を楽しむかのように笑う。


 (ダメだ、こいつ思ってたよりもずっとタチが悪い!!!)


 どうにかしてこの状況から抜け出さなければ――そう考えた瞬間、背後から足音が近づいてきた。


 「ライザ様! どちらにいらっしゃるのですか!」


 (アルバ!!)


 安堵の気持ちが込み上げる。私の後を追ってきたアルバの姿が、ようやく視界に入る。


 「ライザ様、ご無事で何よりです!」


 アルバは真っ先に私のもとへ駆け寄り、しかしその表情は変わらず冷静だった。


 「あっ。あなたはさっきの……センパイの騎士さんですね!」


 ハンスはまるで何も知らないふうに無邪気に笑い、アルバに向かって軽く会釈する。


 「貴様、ライザ様を尾行して……?」


 「本当に偶然なんですって! まさか迷い込んだだけでこんなに警戒されるなんて、オレちょっと悲しいなぁ」


 ハンスはあくまで人懐っこい態度を崩さない。アルバも、それ以上深く詮索することはなかった。ただ、毅然とした態度で私のそばに立つ。


 (……やっぱり、今問い詰めても何の意味もないわね)


 ハンスの本性をここで暴くことはできない。彼は何もかも計算ずくで、今この場で決定的な証拠を出すことは不可能だ。


 私は小さく息を吐き、静かに言った。


 「ハンス、あなたがどうやってここに来たのかはさておき、早く戻った方がいいわ」


 「えー、そんな冷たいこと言わないでくださいよ、センパイ!」


 「規則違反になるわよ。寮の監視の使い魔に見つかったらどうするの?」


 「そ、それは……!」


 わかりやすく慌ててみせるハンス。


 アルバは畳みかけるように口を開いた。


 「今からライザ様は私とともに『筋トレ』のお時間を過ごされることになっている。これにて失礼させていただこう」


 「筋……トレ?」


 (ヤバイ!! 興味持っちゃった!!)

 

 「なんですかそれ! 聞いたことない! 貴族の嗜みってやつですか? 興味あるなあ!」


 「ああそうだ。平民の貴様には縁遠きもの、疾く退出するがいい!」


 (おいアルバ!! よくわかってないクセに余計なこと言うな!!)


 実際、これからアルバと筋トレすることになっているのは本当だ。

 私が鍛えるついでにアルバも鍛えさせなければならないということで、正確に言えば夕食後からはじめることに決めていた。


 しかしそんな「興味深い」ことを言えばこの腹黒意識高い系後輩が食いついてくるのは当然であって。


 「せっかく王侯貴族が集うカレッジに入学できたんです、オレも一緒に『筋トレ』やらせてください!」


 「ぐぬぬ……!!」


 どうしよう……


 しかしハンスを撒くことは無理ゲーだと悟った。

 どんなに避けても、撒いても、今この日に彼と出会い交流をむすぶことは、この世界に定められた絶対のルールなのかもしれない。


 (よく考えれば、ツクヨミとも場所が違えど原作と同じタイミングで出会ったわけだしね……)


 マリウスのように出会うのを前倒しすることは許されても、後回しにすることは許されないのかも。


 であれば、もういっそ私はおとなしくこの運命を受け入れ――――


 ――――否、それ以上に「利用」できないだろうか。


 「いいわよ。一緒に筋トレしましょう、ハンス」


 「! やった!」


 「よ、よいのですか?」


 「ええ。筋トレするのに同志は多いほうがいいものね」


 私は計画を修正する。「健全な精神を健全な肉体に宿そうプラン」はアルバだけでなく……バンスにも、適用できないだろうか。


 (筋トレを通し、ハンスの歪んだ精神を矯正する……!!)


 私は踵を返し、教室棟のほうへと向かう。


 「ライザ様、どちらへ?」


 「どっか手ごろな空き教室を探すのよ。まずは屋内で自重トレーニングから始めましょ」


 私は攻略対象厄介BIG2を引き連れ、庭園を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ