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「知的枠」マリウスと魔術研究部

 魔術研究部の部室に足を踏み入れると、独特の香りが鼻をくすぐった。


 薬草やインクの香りが入り混じる空間。部屋の中央には大きな実験台が置かれ、その周囲には複雑な紋様の描かれた魔方陣が刻まれた机が並んでいる。数人の部員が黙々と研究に取り組んでおり、誰もが集中した様子で魔術書をめくっていた。


 (……生で見るとすっごく雰囲気あるわねぇ)


 魔術研究部は、このカレッジ内でも特に学問的な探求心が強い生徒たちが集まる場所だ。とはいえ、彼らはただの魔法オタクではない。この世界の魔術は戦争や政治にも深く関わる重要な技術であり、研究の成果次第では国をも動かしかねない。


 そんな部室の奥で、悠然と椅子に座っている人物がいた。


 マリウス・サーファリオン。


 (やっぱりいたわね、このゲームの『知的枠』)


 長い浅葱色の髪を丁寧に束ね、細い指で優雅にページをめくる。涼しげな青の瞳がこちらを向き、彼はゆったりとした口調で言った。


 「ようこそ、麗しの『月の瞳』君」


 ライザ――私がこの部屋に来ることを予測していたかのような態度。


 「!?」


 「……きっと、魔法かなんかで監視でもしてたんでしょう」

 

 身体をこわばらせるアルバに私はそっとささやく。


 彼は原作でもそうだった。「月の瞳」に対して異常なまでの関心を持ち、研究対象として主人公を観察しようとするタイプ。だが、彼の興味は純粋な探究心によるものだったので、アルバのようなヤンデレ勢とは違い、比較的安全な部類に入る。


 (まあ、あくまで『比較的』だけどね)


 バッドエンドになると普通に目ん玉えぐったりホルマリン漬けにしたりしてくるし……

 思い出すと鳥肌が立つ。あれ、R15でやっていいグロだったのかよ……


 しかしそんな心中はおくびに出さず(出していないと思いたい)、気を取り直して私はマリウスに握手を求める。


 「歓迎していただき光栄です、サーファリオン先輩」


 マリウスは案外がっしりとした握力で私の手を握り返した。


 「マリウスでいい。年齢は違うが、我々は同じ学び舎で学ぶ生徒同士。私と君たちは対等だ」


 私が静かに微笑むと、彼は目を細めて椅子から立ち上がる。


 「さて、今日はどんな御用件で? 君たちも我が魔術研究部の見学に来たのかな?」


 「まあ、そんなところね。私、理系の勉強に興味があるの」


 「ほう、それは感心なことだな」


 マリウスは僅かに笑みを浮かべながら、優雅なしぐさで手元の本を閉じた。


 「では、狭い部屋だが案内しようか――我々魔術研究部では、主に理論魔術の研究を行っている者が多い」


 彼はゆったりと足をすすめ、作業を行っている一人一人の部員の近くまで行って紹介を始めた。


 「この彼、2年C組のグラスベン君はより効率的な魔方陣の構築をテーマに研究を行っている」

 グラスベンと紹介された彼は私たちにそっと手を挙げて挨拶をした。


 マリウスはそれを意に介さず、「次に」とグラスベンの隣で作業をする女子生徒のほうへ移る。

 「彼女は中等部の秀才、3年のノイエルマ君。この歳で8つの魔法言語を操り、今は古代魔法文献の翻訳をしている」

 彼女は気弱そうな態度で「こんにちは」と私たちに小声で話しかけてくれた。私も「ごきげんよう」と返事をする。


 「向かいにいるのは私の同級生マクローラス。彼はエネルギーの流れの解析に凝っていてね、話を始めると長くなる」

 マクローラスは作業をしつつも「こんな部活だがゆっくり見学してってくれ」と気さくに話しかけてくれた。 


 「さて、今ここにいる部員についての紹介は以上だ。部員たちはそれぞれ自分の興味関心に従い、独自の研究テーマに取り組むことになる。活動場所は自由。部室に囚われず、寮の自室を実験室としたり、フィールドワークを専門にしている部員もいる」


 「なるほどね」


 困った、普通に入りたくなってきたぞ。

 めちゃくちゃ楽しそうじゃんこの部活……!!


 「…………」


 (あっ)


 目的を忘れそうな私の頭を冷やすように、アルバがちょんちょんと私の背中をつつく。


 「――そういえば、まだあなたの専門分野を聞いていなかったわね。もしよかったらご教示くださる?」


 マリウスはくすりと笑い、少し姿勢を正す。


 「いいだろう。私の研究テーマは『魔術の本質の探索』だ」


 「『魔術の本質』……?」


 「我々の部活では、魔術がどのように発展してきたかを追い、より効率的な術式を生み出すための研究をしている。私は部員を統括する立場として、彼らの研究をより実りあるものとするための変数――魔術の本質を解明すべく日夜研究に励んでいるというわけだ。そしてそのためには、特殊な存在の解析が不可欠……」


 「特殊な存在?」


 「そう、『月の瞳』のような、ね」


 ……やっぱり、そうなるのね。


 「君のような存在は、ただの理論では解明できない不可思議な力を宿している。無尽蔵の魔力供給、未知の魔法的影響……それらを研究することで、我々は新たな魔術の可能性を探れるのではないかと考えているのさ」


 彼の声は穏やかだが、その瞳には純粋な探究心が滲んでいる。


 「つまり……ライザ様を研究材料として扱おうというのか!」


 アルバが憤然とした声を上げ、マリウスを鋭く睨みつける。


 「おや、騎士殿。少し言葉が過ぎるのではないか? 私はただ知を深めたいだけだよ」


 「貴様……!」


 アルバが詰め寄ろうとするのを、私はそっと手で制した。


 (……予想通りの展開ね)


 マリウスが「月の瞳」に興味を持つことは原作通り。彼がどのように研究を進めるのかを知るには、そして私の目的を考えれば、むしろこの展開は悪くない。


 「ライザ様、もう帰りましょう。このような場所にあなたをお連れすることは間違いでした」


 「まあまあ、アルバ。マリウスはただ興味を持っているだけよね?」


 私が笑顔を向けると、マリウスは肩をすくめて微笑んだ。


 「もちろん。君を傷つけるつもりはないさ。ただ、君の存在が研究対象としてあまりに魅力的なのは、確かなことだがね」


 (……やっぱり油断はできないわね)


 私は軽く考えた後、口を開いた。


 「なら、こうしましょう」


 「……ほう?」


 マリウスは興味を持ったように眉を上げる。


 「あなたが私の研究をしたいなら、それは構わないわ。その代わり、私にもこの部の施設を使わせてほしいの」


 「……それは?」


 「プロテインを作るためよ」


 「…………」


 マリウスが呆気に取られた表情を見せる。これ、ちょっとしたキャラ崩壊じゃない?

 私は笑みがこぼれそうになるのを抑えながら続ける。


 「蛋白質という意味のそれじゃないわ。きっと碩学のあなたでも未知の概念のもの……ま、仰々しく言っても、ただの蛋白質を効率よく摂取するための粉末なんだけどね。栄養補助食品のようなものよ」


 「つまり君は、我々の部室を、魔術研究ではなく食品開発に使いたいと?」


 「その理解で構わないわ」


 マリウスはしばらく沈黙した後、くつくつと笑い出した。


 「面白い。実に面白いな、ライザ・カーヴス」


 アルバは信じられないといった顔で私を見る。


 「ライザ様、本気で……?」


 「ええ、本気よ」


 私は微笑みながら、マリウスの返答を待った。


 「いいだろう。その条件、受けてやろう」


 こうして、交渉は成立した。 

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