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ゲームの顔、ヨハン登場

 塔の鐘が鳴り響く。朝のホームルームの時間だ。


 図書館で借りた本を抱えたまま、私はアルバとともに教室へ向かった。カレッジの長い廊下を歩いていると、さっきまでのプロテイン談義の熱がだんだん冷めてくるをの感じる。


 (そういえば、私って今どんな立ち位置なの?)


 このカレッジは王侯貴族の子息が通う場所だ。つまり、ここには未来の国を背負うような人間がゴロゴロいるわけで、下手なことをすれば命に関わる。私はゲームの主人公であり、名門伯爵家の令嬢ライザ・カーヴスだが、彼女自身の人間関係はそこまで詳細に語られていなかった。

 下手なことをすれば、ふつうにゲームの登場人物以外の人間の不興を買って転落人生、ということも冗談にはならない。


 そして……教室のあるフロアについたとき、私は物理的にも、立つべき場所がわからなくなっていた。


 (そ、そういえば今日から新年度だったんじゃん! やばい、自分のクラスも席の場所もわかんない!!)


 不思議なもので、大学で6年も過ごしていると、小中高と12年間なじみがあったはずの「クラス」「席」という文化に対する認識も希薄になっていたのだ。


 「ライザ様、ご安心ください」

 

 私の動揺を知ってか知らずか、アルバが若干得意げに(というか、仕事を果たした後の犬のように)話しかけてきた。


 「クラス替えの詳細やお席も確認して参りました」

 

 「いつの間に!?」


 私はアルバに案内されるままに2年A組の教室に入室する。


 「ライザ様のお席は窓際の一番後ろです。ご学友の位置関係も把握済みですので、何かございましたらライザ様の3つ前の席におります私にすぐにお申し付けください」


 「……ありがとう、アルバ」


 細やかすぎる配慮に若干の驚きを感じつつも、これがアルバらしいとも思う。


  教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。装飾の施された机や椅子、広々とした窓から差し込む朝日が、まるで宮廷の一室のような雰囲気を醸し出している。


 そして、教室の最前列の席に座る、一際目を引く人物。


 ヨハン・フォン・ユークトベルク。


 (……ああ、いたわね、このゲームの顔!)


 鋭い眼差しを持つ、長身の青年。背筋を伸ばし、どこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。この国の第三王子でありながら、王族らしい華美な衣装ではなく、質素ながらも品のある制服をきっちりと着こなしている。


 彼こそが、このゲームのメイン攻略対象であり、パッケージビジュアルを飾る中心人物だ。


 「ルナティック・アイズ」といえば、ヨハン。


 ゲームを象徴するキャラであり、圧倒的なカリスマと実力を持つ「騎士御子」。


 (最初に見たときは、承太郎フォロワーっぽいキャラで結構好印象だったのよね……)


 寡黙で冷徹、だがその奥に秘められた信念と優しさ。ストイックでありながら情熱を秘めた戦士。


 (でもね……やっぱり細いのよ……)


 ゲーム中での彼の立ち絵やスチルは間違いなく美しい。オラオラ系寡黙剣士、というキャラ付けも完璧。


 でも、脱衣スチルで露わになった身体がどうしても受け入れられない。あの線の細さ、筋肉のなさ……


 (剣士キャラならもっとガッシリしてるべきじゃない!? なんで!? 意味不明!! 貴族文化のせいで食事制限とかされてるの!?)


 考えれば考えるほど、もったいない気持ちになる。


 そんな私の視線に気付いたのか、ヨハンがこちらを一瞥した。


 (やば、目が合った!?)


 緋色の、しかしどこか冷たさを感じる瞳が、まっすぐに私を捉える。表情の読めないその視線には、特別な意味があるわけではない。ただの偶然か、それとも「月の瞳」を持つ者への関心か。


 (何も話しかけられないよね? そうよね?)


 内心ドキドキしながらも、私はあえて気にしないふりをして前を向いた。


 「…………」


 ヨハンは数秒間じっと私を見つめたまま動かず、やがて興味を失ったように視線をそらし、前を向いた。


 (……なんだったのよ、もう)


 私も、ふぅっと小さく息をつき、胸をなでおろす。


 しかし、ほっとしたのも束の間。


 「やはり『月の瞳』は本物なのですね、ライザ・カーヴス様」


 声をかけられた瞬間、私は戦慄する。


 周囲にはすでに数人の同級生たちが集まり、興味深そうに私を見ていた。


 「伝承で読んだ通りですわ! 透き通るような青紫の瞳! まさしく月の光を受ける夜空のごとき双眸!」


 「まさか、こうして同級生として直にお目にかかれるとは。非常に興味深い」


 彼らの視線には、単なる好奇心だけではなく、明らかに何かを計算する冷たい意図が見え隠れしていた。


 (うわぁ、めんどくさい!)


 彼らはただ興味本位で話しかけているのではない。


 「月の瞳」という強大な魔力を秘めた存在。しかもそれが名門貴族の令嬢ともなれば、利用価値を考えないはずがない。


 婚姻か、協力関係か、それとも単なる監視か。彼らが私に向ける視線の中には、そういったさまざまな思惑が透けて見える。


 「あ、あのぉ、ちょっと圧が強いかなぁ」


 私が力なくつぶやくも、同級生はどんどん集まってきて、いつしか私の席をとりかこむまでになっていた。


 アルバは人波をかき分け、なんとか私には触れさせまいと尽力してくれているものの、やはり人に取り囲まれるというのはそれだけで精神的にクる。


 「っ、貴様ら、なんという狼藉だ……!」


 アルバが柄にもない言葉遣いで吠える。

 

 その時


 「――――席につけ。ホームルームを始めるぞ」


 教室に入ってきた教師の一声で、周囲の人々は足早に自席へと戻った。


 アルバも事態が収束したのを確認すると、わずかに安堵の表情を浮かべた。そして静かに私に一礼してから自分の席に戻った。


 (……助かった)


 私もほっと息をついてから、ふと視線を上げる。


 私を囲んでいた人波が消え、その先にあったのは――


 ヨハンの忌々しげな眼差しだった。


 しかしそれは私に向けられたものではない。

 彼は今まで私を取り巻いていた同級生たちを、冷たく、厳しい視線で睨みつけていた。


 (……なんであんたがそんな顔するの?)


 彼の視線はすぐに前へ戻されたが、私はその一瞬の表情が妙に引っかかって仕方がなかった。

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