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「ツクヨミ」とミステリアスな導入(ただし全部バレバレ)

 図書館に入ると、圧倒的なスケールの書架が目に飛び込んできた。半円形の巨大な天井の下にずらりと並ぶ書棚、壁一面に積み上げられた書物の数々、そして中央に据えられた広々とした閲覧席。静寂の中にかすかに紙の擦れる音が響き、淡いランプの光が荘厳な雰囲気を醸し出している。


 (……明らかに、大英博物館の図書室がモデルね)


 この圧巻の書庫を初めて見たとき、私はすぐにピンときた。巨大なドーム天井に、完璧な円形配置の閲覧スペース。異世界なのに、何故か見覚えがありすぎる。


 しかし、今の私は観光をしに来たわけではない。


 プロテイン作りのための知識!


 貴族の知的探求心とは程遠い目的に向かって、私は書架の間をちょこまかと歩き回る。


 (とりあえず、錬金術とか食品加工のカテゴリを探すべきよね……)


 そう考えながら、書棚の間をすり抜け、次々と背表紙を指でなぞっていく。本の並びを見ていると、やはりこの世界の学術体系は現実とは違うようだ。錬金術と医学、調理学が密接に関係しているらしく、「食の変性と活用」「生命を支える霊薬の製法」などのタイトルが並んでいる。


 (……いけるかもしれない!)


 私は意気込んで本を引き抜く。が、その瞬間、ふと気づく。


 (あれ、アルバは……?)


 辺りを見回してみても、どこにも彼の姿はない。


 (やば、撒いちゃった……)


 どうやら私はあまりに熱中しすぎて、いつの間にかアルバを置いてきぼりにしてしまったらしい。


 (まずいな……すごく心配させてるかもしれない)


 アルバは何だかんだ言って私の護衛だし、こういう場で私を見失うことは彼にとって由々しき事態だろう。申し訳ないことをしたな、と反省しつつ、さて戻ろうかと思ったその時。


 「こんにちは」


 その声は、まるで最初からそこにいたように、私の前から響いた。


 「『月の瞳』のおねえさん」


 前方の書架の陰から、まるで私がここに来るのを計算していたかのように表れたのは――


 白い髪に、月光のように冷たい瞳を持つ少年。


 (……ツクヨミ!)


 このカレッジの中等部に在籍する少年であり、「ルナティック・アイズ」の中でも特にミステリアスな存在。

 彼はいわゆる「ショタ枠」の攻略対象の一人だ。そして私はこの少年のトゥルールートを攻略済み! 結構難易度簡単だったから!


 (まあ線の細いショタって時点で性癖的には完全に私の守備範囲外だけどね)


 ツクヨミ、本名ノエル・アルネイル。彼はこの国の宗教結社の若き頭領であり、神秘の力を宿す「月の瞳」を研究している一族の出身。「ツクヨミ」というのはアルネイル家の頭首が代々襲名する名前のようだ。

 ゲーム中では主人公を試すような言動を繰り返し、時には助け、時には突き放す。しかし彼のルートでは、災厄を振りまく「月の瞳」の魔力を、それを半ば信奉していたといっていい彼が最終的には打ち倒し、主人公とともに未来を切り開くエンディングを迎える。


 本来のファーストコンタクトは図書館ではなく、様々な花が咲き誇るいい感じな雰囲気の中庭だったはずだ。


 (私が図書館に来ちゃったから展開が変わったのか……?)


 まあ考えていても仕方がないので、とりあえず原作であったやり取りを必死で思い出しつつ会話を試みる。


 「あなたは……?」


 「ボクはツクヨミ」


 (知ってる)


 最初に出てきたとき、真紀に「なんでヨーロッパで『月読(ツクヨミ)』なんだよ」とかツッコんでいたのを思い出す。彼女が答えて曰く「そういうことは深く考えちゃいけない」らしいが。


 ツクヨミはその年齢には不釣り合いなほどクールな笑みを浮かべて続ける。


 「ねえおねえさん、キミは理解しているのかな? キミが持つ力を」


 (知ってる! とりあえず1ルート攻略したらだいたいの事情はわかるようになってるし!)

  

 だが原作クラッシュして何が起こるかわからないのでここは黙っておく。


 「月は人の心を惑わせる。満ちては欠け、たえずその本質を変えながら……キミはその光で何を照らす?」


 (うわーーーっ!! 序盤の意味深名シーン来た!!!)


 感動をなんとか表に出さないようにつとめながら、シリアスな顔を意識してツクヨミと相対する。


 その時


 「ライザ様! どちらにいらっしゃいますか!」


 図書館の奥から聞きなれた声が響く。


 「あ、アルバ……!」


 声のするほうを向く。

 すると彼は数秒後私と合流した。


 「ふぅ……まったく、お戯れが過ぎます!」


 「ごめんごめん」


 「この図書館は広いのです。くれぐれも私の目の届かぬところには行かないでくださいませ……!」


 「わかったわよ、これからは気をつける」


 私はアルバの説教を聞きながら、ちらとツクヨミがいたところを見る。

 しかし、案の定そこにはもう誰もいなかった。


 (足音もなく、か。どうしてこういうキャラってみんな隠密性能が高いのかしら)


 「ライザ様? どうかされましたか?」

 

 「あ、いえ。なんでもないの、ごめんなさい。……ところでアルバ、あなたも本を借りるの?」


 アルバの手元にはちゃっかり数冊の本が収まっている。

 こいつまさか、自分の本を選んでいる間に私を見失ったのでは。いや人のことは言えないけれども。


 「ええ。私は『月の瞳』に関する伝承が記されている本を借りようと思いまして」


 彼も私の懸念を自覚しているのか、はにかみながら答える。


 「ライザ様の従者として、私も最低限の知識は頭に入れておかなければなりませんから」


 「そう、ありがとうね」


 (『月の瞳』ねぇ。自分ごととして考えると、ものすごく厄介な体質だわ)


 現時点では、私が持つ青紫の瞳は「無尽蔵の魔力を持つ者の証」「支配者の目」だとされている。つまり、軍事的にも利用価値が高いし、この力をうまく扱う人間がこの国の、否、世界全体のパワーバランスをも変えうるとも言われているのだ。


 しかしシナリオを進めていくと、この「瞳」はただの無限魔力発電機ではないことが判明する。すなわち、狂気を司る月の女神が人を惑わせるように、その瞳に魅入られた者は瞳の所持者に執着し、時に正気を失い、異常なまでの愛を捧げるまでなってしまうこともあるのだという。

 おそらくさきほどツクヨミが言及していたのもこれに関することなのだろう。


 (まさしくヤンデレ製造機ってわけね……)


 私はため息をつき、無意識にアルバのほうを見た。

 アルバはこの作品の中でも代表的な「月の女神に狂わされる人間」だ。ほかのキャラは単純に瞳を利用しようとしたり違う形で影響を受けたりするのだけど……正直に言って、この一見純朴な騎士の豹変の仕方が私には一番恐ろしい。


 今はまだ全然平気そうに見えるけど、このまま放っておいて大丈夫なんだろうか。

 

 「――――ねぇ、アルバ」

  

 「はい?」


 「あなたはこの目のこと、どう思う?」

 

 私が訊ねると、アルバはしばし静かに私を見つめた。

 

 「ライザ様の瞳……それは、尊く、そして畏れ多いものだと思います」


 彼の声は真剣だった。


 「この国の伝承では、『月の瞳』を持つ者は、世界を導く力を持つと言われています。王族や貴族の中でも、この瞳を持つ者は特別視され、敬われてきました。しかし……」


 彼は言葉を切り、少し考え込むように視線を落とした。


 「その力ゆえに、利用されることもあるのでしょう。私は……ライザ様が、そのような運命を辿られぬよう、お守りしたいのです」


 「……」


 私は彼の言葉を噛み締めながら、心の中で苦笑する。


 (うん、そうなのよね……アルバは今のところはこうやって『守りたい』って言ってるのよね……)


 この「守りたい」が、純粋な忠誠と敬愛の範囲で収まっている間はいい。でも、このまま放置すると、彼は「私をどこにも行かせないようにする」という方向に振り切れる。


 (ヤンデレ化ルート、入りかけてるのかしら?)


 少しうすら寒いものを感じたような気もしたが、今はあえてそれを無視しよう。最悪の未来を回避するために私はヤンデレ阻止計画:通称「健全な精神を健全な肉体に宿そうプラン」を試そうとしているのだから。


 「ありがとうアルバ。そういってくれるのは主君として心強いわ」


 「恐れ多きお言葉です」


 「じゃあ、私は私で自衛のためにはやく筋肉をつけて――そのために、まずははやくプロテインを発明しないとね!」

 

 わたしはてきぱきと書棚から関係ありそうな本を取っては目次を見、使えそうな本を抱え込んでいく。


 「? プロテイン、でございますか」


 「ええ。さっき話したでしょう?」


 この世界にはまだ存在しないもの。蛋白質を効率よく摂取するための革命的粉末!!


 「恐れながら……それが、瞳と何の関係が?」


 「大アリよ、大アリ。だってプロテインを飲んで効率的に鍛えることができたら、私のことを利用しようとする不埒な人間がやってきても返り討ちにできるでしょう?」


 アルバは私の言葉に一瞬きょとんとした後、ふっと微笑んだ。


 「やはりライザ様は稀有なお方でございますね」


 「え、どういう意味?」


 「誰かに守られるのを前提にするのではなく、あなた自身の力で困難に立ち向かうとは」


 「あったり前でしょ? 自分の身は自分で守らなきゃ!」


 私が当然のように言うと、アルバは小さく息をついて笑った。


 「承知いたしました。それでは、私もライザ様の決意を支えます。必ずや、ともに『プロテイン』を完成させましょう」


 「ええ!!」


 私は選んだ本を抱え、颯爽と貸出カウンターへと向かった。


 そう、運命がどうであれ、私は自分の力で切り開く。


 ――筋肉こそ、最強の防御だ!


 その時、塔の鐘が鳴り響く。朝のホームルームの時間だ。


 「そろそろ戻らないとね」


 「ええ、ご一緒します」


 私たちは足早に図書館を後にした。

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