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転生!筋肉が足りない!!

 まぶたの裏にまだ眩しい光が残っている。さっきまで確かに研究室にいたはずなのに、目を開けると天蓋付きの豪奢なベッドが広がっていた。


 「……うそ、でしょ」


 声が出た瞬間、違和感に気付く。なんか……高い。普段よりもトーンが澄んでいる。ありていに言って可愛い。視界の端に映る手も、白くて細い。


 慌ててベッドから飛び起き、室内を見渡す。目の前の光景はどう見ても異世界だ。ゲーム内で散々見た豪華な室内装飾。貴族らしい金糸の刺繍が施されたカーテン。ベッドサイドには、丁寧に磨かれたシルバーのティーセット。


 「……嘘でしょ、これ……」


 私は震える手で、そばにあった鏡を手に取る。そこに映っていたのは──金色の髪、白い肌、そして……美しい青紫の瞳。


 まごうことなき、乙女ゲーム『ルナティック・アイズ』の主人公だった。


 「いやいやいや、待て待て待て! どうしてこうなった!?」


 これってもしかして、「異世界転生」ってやつ!?


 「うそ、うそうそうそ、ありえない……!」


 こんなのは夢だ。夢に違いない。だいぶ前にそういう小説も読んだし。


 とりあえず冷静になろうと頬を叩く。


 ……痛い。


 夢特有のぼんやりとした非現実感もない。

 つまり、これは現実。


 「えっ……えっ、マジで? ほんとに?」


 自分の頬をもう一度つねってみる。痛い。全然夢じゃない。やばい。


 とにかく情報を整理しようと、混乱で足をもつれさせながら部屋を探索することにした。

 まずはベッドサイドの引き出しを開ける。すると中には細かい手書きのメモや手帳らしきものがある。


 手に取って確認すると、手帳の表紙には英語(らしき言語。なぜか読める)で「ライザ・カーヴス」という名前が書かれていた。


 「……ライザ・カーヴス? あれ? これって……」


 記憶がよみがえる。


 「ルナティック・アイズ」は主人公のファーストネームとファミリーネームを自由に設定できるシステムだ。私は冒頭の設定画面で名前を入力したのち、真紀にドヤ顔で見せたのだった。


 「へー、『ライザ・カーヴス』か。結構凝った名前にしたのね」


 「凝ってると思う? へへへ、これね、『ライザ』は結果にコミットする『ライザップ』で、『カーヴス』は女性限定ジムの『カーブス』から取ってんの」


 「しょーもな!」


 …………


 (昔の自分のバカ!!!)


 え? もしこれが本当に異世界転生だとして、もう元の世界に戻れないとして、私一生こんなふざけた名前で生きることになるの?

 嫌すぎるんですけど……??


 全身から力が抜ける。まあ名前自体はそんなおかしくないにしても、そこに込められた意味を知っている人間からすると嫌すぎるのだ。

 

 ――いや、そんなことを言っている場合ではない。


 まずは現状を整理しないと。


 この世界は「ルナティック・アイズ」の舞台であり、私はその主人公。ゲーム内では「月の瞳」を持つ特別な存在として、さまざまな陰謀や恋愛に巻き込まれる。そして、周囲の人間はその瞳の力を利用しようとしたり、逆に瞳の魔力に魅了されてその運命を狂わせていくのだ。


 そして問題は……

 

 このゲーム、主人公のバッドエンドが多い。


 (Fate/stay nightくらい即死選択肢多いんだよなこのゲーム……)


 バッドエンドの種類は様々だ。

 ヤンデレ化した幼馴染に監禁されるとか、実験対象として目をくりぬかれるとか、ホルマリン漬けにされるとか、あと単純に王子の顰蹙を買って切り捨てられるとか……


 (……ん? 待てよ?)


 バッドエンドの大多数って、もしかして私が抵抗する力を手に入れたら回避可能なのでは?

 監禁されたら暴れまくって脱出すればいい。目をくりぬかれそうになっても暴れて抵抗すればいい。そもそもホルマリン漬けとか実験されそうになっても拘束されないための力があれば問題ない。そして切り付けられそうになったらこっちも対抗するのよ、拳で!


 (うん、結局筋肉ね! ダークな世界の主人公に必要なのは筋肉なのよ!)


 そう考えれば案外やっていけそうな気がしてきた。このダークファンタジー世界でも。


 しかし、そのためにはとにもかくにも筋肉をつけなければ。この華奢な体をどうにかしなければならない。筋肉が……まるでない。


 「……とりあえずBIG3から始めるべきか?」


 今後のトレーニングメニューを組み立てながら部屋をさらに探索してみる。


 クローゼットを開けると、ドレスがずらりと並んでいる。いずれも貴族らしい豪華な刺繍が施されたものばかりだ。


 「いや、こういうのじゃなくて……動きやすい服はないの?」


 しかしトレーニングウェアなどこの世界にあるはずもなく。私はしぶしぶ制服と思しきドレス(ゲーム内ではなじみ深いものだ)に着替えた。


 さらに書棚に目を向けると、魔術理論の書物や貴族のマナーについて書かれた本が並んでいた。


 「『場の量子論』とかないわけ? ……あるわけないか、明らかに中世……いや近世ヨーロッパっぽい世界だし」


 中世、と言いかけ、「俗にいう『中世ヨーロッパ』風異世界の描写はたいてい『近世ヨーロッパ』なんだ! そこをいい加減にしている作品は許せない!!」という真紀の熱弁を思い出し、クスリとする。


 (私、これから友達もいない、専門知識も活かせないこの世界で、貴族として生きていくことになるんだ……)


 しみじみとしながらふとドレッサーの引き出しを開けると、小さな銀の鍵が置かれていた。試しに机の引き出しを調べると、Diaryと書かれた大判の分厚い手帳が見つかった。


 ページをめくると、そこにはライザとしての人生が記されていた。


 「これ……ゲーム内で語られなかった設定?」


 日記には「ライザ」によるものと思われる、だいたい2,3年分の日々の生活が記されていた。そこでは自分の生い立ちや交友関係はもちろんのこと、読み込んでいくにつれ、儀礼やイベントなどからカーヴス家の事情についてもだいたい推測できるようになっていた。

 日記を読んでいけば、そこに語られていること、また語られないことからもいろいろなことがわかるものだ。


 「この日記は持ち歩いていたほうがいいかもしれないわね」


 そんなことを考えていると、ドアの向こうから控えめなノックが聞こえた。


 「ライザ様、お目覚めになられましたか?」


 聞き覚えのある声。間違いない、これは幼馴染にして私の従者アルバ・ウィルハーマンのものだ。


 (なんか、本当にゲームの世界に転生しちゃったんだって実感するわね……)


 私はゆっくりと姿勢を正し、貴族らしい気品を意識しながら返事をする。


 「ええ、起きたわ。入っていいわよ、アルバ」


 ドアが静かに開き、黒髪の青年が姿を現す。


 (うわ……現実世界のはずなのに美麗作画だ……)


 彼は端正な顔立ちで、礼儀正しく頭を下げた。


 「ご気分はいかがですか?」


 「……まあ、悪くはないわね」


 実際には最悪だ。だが、ここで混乱を表に出すわけにはいかない。


 アルバはいつも通りの静かな表情を保っていたが、彼の瞳にはわずかな警戒心が宿っている。


 「ライザ様、もしや体調を崩していらっしゃいますか?」


 「えっ」


 ギクッとする。

 

 この男、さすがに幼馴染というだけあって、「ライザ」のささやかな変化に敏感だ。


 「いえ、そんなことはないわ。ただ、少し落ち着かないだけ」


 「左様でございますか。たしかに、今日は新年度初めての登校日ですからね」


 「そ、そうなのよ」


 (そうだったのか――――!!)


 思い出した。このゲームは王侯貴族が集う寄宿学校「セントマリア・カレッジ」が舞台。主人公がその学校の高等部2年生になったところからゲームは始まるのだ。


 よくよく部屋を見渡してみれば、ここもカレッジの寮の自室だし。あんまり自室でのシーンがないからすぐに思い出せなかったけど。


 アルバは静かに私を見つめ、視線を外さない。


 (やばい、挙動不審だと思われないようにしないと)


 その時。


 ぐぅぅ~~……


 (!! お、おなかが……!)


 「……フフ、そろそろ朝食の時間ですね」


 アルバが優しい微笑みを浮かべる。


 「食堂に参りましょう。本日もきっと、ライザ様のお気に召すモーニングがございましょう」


 「――――ええ」


 とにもかくにも朝食だ。


 食べることは大事。エネルギーがないまま無理に動いてしまえば、筋肉の分解――カタボリックを起こしてしまう。この世界で生き抜くためには筋肉が必要なのだから、万が一にもカタボってしまえばそれが命取りになるかもしれない。エネルギー補給はしっかりしなければ。


 私は気合を入れ、アルバをひきつれて食堂へと向かった。

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