破滅フラグその1をへし折りたい(後編)
生徒会室を後にし、私はそのまま魔術研究部の部室へ向かっていた。
原作の「ライザ」は、生徒会長からの依頼を受け入れた結果、イモータル・ドラゴンを暴走させ、大惨事を招いた。
しかし私は、その選択肢を回避し、別の方法でこの状況を乗り切るつもりだ。
私が思い描いたのは、原作には存在しない「第三の選択肢」。
すなわち、私が魔力供給をするまでの間、既存の環境でより効率的にドラゴンの体内に魔力を循環させるための知恵を借りること、そして私自身が魔力供給を行う際に暴発(=ドラゴンの凶暴化)を防ぐための技術を学ぶこと。
そのためには、ある人物の力を借りるしかない――。
マリウスが魔術研究部の紹介をしていたときに、ひとつ興味深い研究があった。そして、この知識さえあればこれから起きる鬱イベントを回避できるのではないかと、マリウスの説明を聞いている時に心の片隅で考えていたのだ。
(このタイミングで魔術研究部に接触できていたのは本当に幸運だったわね)
そんなことを考えながら部室の扉をノックすると、すぐに「どうぞ」という気だるげな声が返ってきた。
扉を開けると、部室の中央に置かれた大きな机に、マリウスが座っていた。
彼は魔道書を片手に持ちつつ、私の姿を見ると、穏やかに微笑んだ。
「おや、また君か。明日の実験について何か連絡忘れがあったかな?」
「いえ、それとは別件なの」
私は扉を閉め、静かに歩み寄る。
「ちょっと相談したいことがあって……エネルギーの流れについて研究している、マクローラス先輩に」
「ほう……?」
マリウスは興味深そうに私を見つめ、顎に手を当てる。そして彼は部室の奥に向かって声をかけた。
「マクローラス、お呼びだぞ」
しばらくして、マリウスより若干がっちりしている体型の青年が分厚い魔術書を抱えて姿を現した。
「どうした?」
「いや、君にぴったりの相談が持ち込まれてね」
マリウスがそう言うと、彼は私の方へと視線を向けた。
「ん? ああ、さっきの『プロテイン』の子か」
彼は好奇心旺盛で人懐っこそうな目で私を見る。
私は軽く息を整え、真剣な眼差しで彼を見つめた。
「エネルギーの流れの研究に詳しいあなたに、協力してもらいたいんです」
「ほう、具体的には?」
「カレッジで飼育している魔獣――イモータル・ドラゴンの雛に私が持つ無尽蔵の魔力を供給することになったんですけど、そのためには大きな魔力を扱う練習の時間が必要で。なので数日間、現状カレッジから供給している魔力をもっと効率的にドラゴンの身体に循環させられるように、お力を貸してはいただけませんか? 今のままだと生命維持がやっとみたいで……」
「なるほど……俺の研究をドラゴンに応用できないかってことか」
彼は腕を組み、しばらく考え込むと、やがて口元に楽しげな笑みを浮かべた。
「面白いな! ぜひ協力させてほしい! イモータル・ドラゴンで実験なんてなかなかできないしな!」
私は安堵し、そして彼の手が差し出されるのを見て、すかさず応じた。
「あらためて自己紹介をしようか。俺はフィグリオ・マクローラス。よろしくな!」
彼の握手を受けながら、私は改めて自分の幸運をかみしめた。
フィグリオ・マクローラスーー原作ではまったく名前すら出なかったモブキャラ。でも、この世界はもう『登場人物』が定められたゲームじゃない。
私の行動次第で可能性はどんどん広がっていくんだ……!
この選択が吉と出ることを信じ、私は新たな協力者とともに、準備を進めることを決意した。
そして、私は私で魔力制御の訓練をする必要があった。
魔術研究部の部室を出た後、私は空き教室へ戻った。そこには、教室の端でまだへたり込んでいるハンスと、その介抱をしているアルバがいた。
「貴様、もう少し体力をつけたほうがいいぞ」
「うるさいなぁ……! オレは頭を使うほうが得意なんですよ!」
二人は互いに軽口をたたいているが、今までよりも少し距離が縮まったように見える。
(……これもしかして、この機会に仲良くなった?)
カレッジの授業では「魔力の適切な使い方」「より大きな力を操るための訓練」はあるが、「強大すぎる力を制御する方法」は教わらない。
だから「ライザ」は魔力のコントロールができていなかったのだ。
「! おかえりなさいませライザ様。申し訳ありません、結局お付き添いすることができず……」
「いいのよ、私の指示を聞いてくれてたってことだもの。それよりふたりとも、お願いがあるの。私に、魔力の流れの制御を教えて」
「魔力の流れ、ですか?」
私はふたりにことのあらましを説明した。
「なるほど。そういえばセンパイ、『月の瞳』の持ち主ですもんね」
ハンスが探るような視線を私に向ける。
「たしかにセンパイにしかできないことだ」
「……まあ、そういうことよ」
「ライザ様、私は反対です! そんなことをしてしまうと今後も生徒会の連中からいいように扱われるだけなのでは……!?」
「大丈夫よ。私も一度許したらなんでもかんでも協力するようなお人よしじゃないわ」
(それにここで拒否したら死ぬし)
「……そうおっしゃるのであれば、私も力の限り協力させていただきます」
「オレも! 魔法学は結構得意なんで!」
「ありがとう、ふたりとも」
アルバは日常的に魔法で筋力を補助しているのなら、細かい制御には慣れているはず。
そしてハンスも1学年下ながらこのカレッジ全体で見てもかなり優秀な部類であることは間違いない。
こうして、私はアルバとハンスに魔力の制御を学ぶことになった。
「それじゃあまずは学食に行きましょうか。そろそろ昼食を摂りましょう」
「あ、すみません。オレ、昼飯は抜きで……」
「何言ってるの、カタボっちゃうでしょ? 私がお金出すからあなたも一緒に食べなさい。これから色々教わるわけだし、その対価みたいなものよ」
「いいんですか!? やった! センパイ大好き!」
「っ、こら貴様、ライザ様になれなれしい態度をとるな!」
私はふたりの様子を見ながら満足してほくそ笑む。
(ハンスを餌付け……もとい、『食育』する口実にもなって助かったわ)
筋肉育成にも繋がるし、ハンスから私への好感度をこういうところから上げていけばいつか役に立つ時が来るかもしれない。
すっかり仲良くなった(?)ふたりを連れて、私は学食へと向かった。