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破滅フラグその1をへし折りたい(前編)

 生徒会室の扉の前で、私は深呼吸を一つする。


 (……ついに、このイベントが来たわね。最初の鬱ポイント……!!)


 原作でも同じようなタイミングで主人公が生徒会長に呼び出されるイベントがあった。

 筋トレによる奇声騒ぎでヨハンと接触し、そのせいスケジュールは若干前倒しになったけれども、まだ原作の流れはなぞっている。


 私がドアをノックすると、すぐに「入りたまえ」という落ち着いた声が聞こえた。


 ドアを開けると、広々とした部屋の奥にある大きなデスクに一人の青年が座っていた。


 シュトラウス・フォン・ユークトベルク。

 この国の王太子にして、セントマリア・カレッジの生徒会長をつとめる3年生。彼はもともと第二王子だが、第一王子が早逝したことで王太子となった。

 温厚で理知的な人物であり、生徒たちの相談にもよく乗ることから、貴族・平民問わず慕われているカリスマ的存在だ。

 ちなみに彼は攻略対象キャラではない。ファンディスクでの専用ルート実装が熱望されている1人である。


 (原作でも彼はずっと温和な態度だったわね……少なくとも、表面上は)


 しかし、公にされている彼のプロフィールには少しだけ誤りがある。

 彼の兄、つまり第一王子は「病死した」とされているが、実際は違う。

 かつて私……いや、「ライザ」が幼い頃、スーパームーンの夜にその瞳の魔力が極限まで高まり、無自覚にその影響を周囲へ振りまいてしまった。その結果、「月の瞳」の力を確かめにカーヴス邸に来訪していた第一王子は狂気に陥り、王宮の地下牢へ幽閉されたのだ。

 だからシュトラウスは、兄の「犠牲」を無駄にしないため、王権のために「月の瞳」を手に入れようと画策してくることになる。

 もちろん、この世界の「ライザ」はそのことを知る由もないが、私はプレイヤーとしてそれを知っているというわけだ。


 (ま、そんなこと今はまだどうでもいいっちゃどうでもいいのよ。これからのイベントがマジで重大すぎるし)


 「ようこそ、ライザ・カーヴス嬢」


 シュトラウスは穏やかに微笑んだ。その顔には、どこか王族らしい余裕と気品が感じられる。

 彼は私を椅子に促し、軽く指を組みながら口を開いた。


 「突然呼び出してすまないね。君には、少し相談したいことがある」


 「相談……ですか?」


 「そうだ。君の力……『月の瞳』の力を、カレッジのために役立ててほしいのだ」


 私は落ち着いて話を聞くふりをしながら、脳内で原作イベントの詳細を思い出す。


 「現在、カレッジでは魔獣の飼育を行っていることは知っているかい?」


 「ええ。教育の一環として、生徒たちに魔獣の生態を学ばせるためのものですね」


 「その通り。しかし、最近新たに捕獲された魔獣に問題があってね……」


 シュトラウスは少し表情を曇らせ、話を続けた。


 「その魔獣は『イモータル・ドラゴン』の雛だ」


 (はい、キマシタ)


 イモータル・ドラゴン。

 希少種の魔獣であり、成長すれば高い知性と圧倒的な魔力を持つ存在となる。

 

 魔獣は栄養補給として、通常の食物に加えて魔力を取り込む必要がある。現在、カレッジでは魔力炉を使って魔獣たちに魔力を供給しているが、イモータル・ドラゴンの雛の消費する魔力量は桁違い。今の状況では、ギリギリ生かすのが精一杯で、決して健康的とは言えない状態になっているらしい。


 「通常の手段ではドラゴンを生存させるのが限界だ。そこで、君の『無尽蔵の魔力』を貸してはもらえないか?」


 シュトラウスは私をまっすぐに見つめる。


 「君なら、余裕をもってイモータル・ドラゴンに魔力を分け与えることができるはずだ」


 (そう、原作ならここで『はい』か『いいえ』の二択なんだけど……)


 「はい」を選べば、ライザは魔力供給を行う。しかし、その結果、魔力の精密なコントロールができなかった彼女は、イモータル・ドラゴンの急成長を引き起こし、凶暴化させてしまう。

 その後、ドラゴン討伐が必要となり、大惨事となる。

 また、その事件をきっかけに、「月の瞳」の力が危険視され、ライザに対する周囲の欲望が加速するという流れになる。


 (それは避けたいわね……死傷者が出るのも、面倒なことになるのも御免よ)


 だからといって「いいえ」を選んでもいけない。何故なら即死選択肢だから!!

 生徒会長の要請を断り寮に戻ろうとする主人公は、その道すがら彼女の力に目が眩んだ一般生徒に殺されてしまうことになるのだ!!


 とどのつまり、プレイヤーに要請を断るという選択肢は、ない。


 ならば、ここで選ぶのは——原作にはなかった「第三の選択肢」。


 「……少し準備する時間をいただけますか?」


 私は慎重に言葉を選んで答えた。

 シュトラウスは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに微笑を浮かべた。


 「ふむ。何か特別な手順を踏む必要があるのかな?」


 「そういうことではないんです。私、大きな魔力を操った経験がなくて。なので少し練習させていただきたいんです」


 私はそこで、一つの提案をする。


 「ですがその間のドラゴンの容体も、今よりはよくできるかもしれない手立てを知ってます」


 「ほう」


 「魔術研究部に『エネルギーの流れ』を研究している方がいるんです。彼と協力すれば、より効率的にドラゴンの身体に魔力を送れるかもしれません。だから私が魔力譲渡の練習をする数日間、ドラゴンにはなんとかそれで頑張ってもらいたいのですが……どうでしょうか」


 シュトラウスは私の言葉を聞き、しばらく考え込んだ。


 「……なるほど。たしかに君の懸念はもっともだ。慣れないことをするのは重大な事故を招く原因になるからね。いいだろう、それでいこうか」


 「ありがとうございます!」


 私は胸をなでおろした。

 これで原作のような最悪の展開を回避しつつ、うまくこのイベントを乗り越える道を作れるはず……!


 「では、その部員と話を進めたうえでまた私に報告をしてくれ」


 「わかりました」


 私は席を立ち、一礼して生徒会室を後にした。


 (ふぅ……とりあえず、一難去ったわね)


 

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